エピローグ『勇者は流星の帳に何を見る』

「じいちゃん、勇者様はどうなったの?」


「勇者は生きることにしたんだよ。これは、人を救う勇者を救った勇者のお話だ。人は誰でも勇者になり得る。言葉は魔法だから」


 夕暮れの空を眺める。


 ああ、今日も綺麗な空だ。


 にゃあと猫が鳴いた。ひとりの老人はふと、あの日を思い出した。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 3人の墓を創って、それから再び腰を下ろした時、それまで静かにしていたノクスが、一声鳴いた。


「え、ノクス、声出せたのか?」


「いや、今が初めてだ」


「へ!?」


 喋った!?


「お、おいおい、ちょっと待て、なんで喋れる」


 ノクスが人間の声でケラケラと笑って、驚愕の事実を口にした。


「やぁ。僕は君に殺された魔王だよ」


「え」


「いやいや、安心して、僕は死んでる。もうそろそろここからもいなくなるよ。君たちの再会を邪魔したくなかったから、この子の体を借りてたんだ。最後に少し話したくてね。君は僕を殺して後悔していたね?」


 あまりに普通に話しかけてくるので反応に困る。


「複雑だろう? 僕は死んだけど、君の仲間も殺した。仇でもあるけど仇討ちは終わってる。僕は魔王になって16年しか経ってなかったんだ。この世界に生まれ落ちて、先代魔王の記憶を受け継いだからね。少年だけど大人なんだ。だから僕から少し。さっきの話を聞いてたけど、僕は君が羨ましい。あんなに想ってくれる人がいるんだから。僕にはいなかったからね。いや、いたのかもしれないけど気が付かなかった。切羽詰まってたし、戦争だったし仕方ない」


「なんて言えばいいかマジで分からん」


「はは、いいよいいよ。だけどね、僕は君に怒ってはないんだ。俗に言う四天王、まあ彼らは全員僕の幼馴染で、君たちに殺されてるけど、別に怒っちゃいない。もちろん死ぬ前までは怒ってたけど、僕も僕なりに答えを見つけた。悪いのはこの環境だってね。戦争だったんだよ。国と国の。そりゃお互い傷つけあうし、死にもする。僕だって人に呪いをかけたり色々やったから、自分のことを棚にあげることもできない。だから君は人にとって間違いなく英雄だし、僕も魔族のために死んだ英雄だ。僕たちは似てると思わないかい?」


 戦争、だったのだ。だが戦争が仕方ないということは出来ない。人の優しさを知ったのだから。


「俺は戦争を仕方ないとは思えないが、なんとなく言いたいことはわかる」


「だろう? 人間は情に厚いからな。でも戦争を回避するかしないかは、少なくとも君には関係ないだろう? その中で君はよくやったと思う。実際強かった。負けなしの僕が痛み分け寄りとはいえ負けた。僕の持つ魔法を知ってるかい?」


 破壊魔法か何かだろうか。物凄い威力だった。


「皮肉なものだよね。魔王に受け継がれる魔法はね、創造魔法なんだよ。あの時、僕は想像しうる限りの人殺しの道具、魔法、手段を創造してたんだ。結果お互いに酷い有様だ。だけどさ、魔法って考えてみてよ。創造魔法で破壊ができるし、破壊することで生み出されるものもあるんだ。結局さ、魔法なんてのは全部同じなわけだ。君のお仲間の言う通り、言葉が全て。言葉こそ魔法。表裏一体ってのが近いね」


「確かに、俺らは似ているな」


 似ている。創造魔法まで同じとは。お互いに色々失った。もしかしたら魔王も、この世界樹で誰かと話したのかもしれない。ふと、魔王の名前を思い出した。


「だろう? 段々と恨みじゃなくて共感の方が強くなったんだ。色々あったよな、勇者。でももう、僕は休ませてもらうよ。好きで戦ってたわけでもない。元々争いは嫌いなんだ、って言ってもあの破壊行動じゃそうは見えないかな。まあでも、君と同じことを今考えているよ」


 そうだな。そうだ、世界に翻弄されて、失って、それから答えを見つけた者同士として。


「「次に会うときは、友として」」


 言葉は魔法だ。きっと届くだろう。


 黒猫が目を瞑って、にゃあと鳴いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 昔々、世が混沌として戦が絶えない時代の頃、とある勇者が魔の王を討つべく、仲間と共に立ち上がる。其の者、激闘の末に遂には魔の王を討ち破り、名を世界に轟かせた。勇者は、その名誉に溺れること無く大樹の身許に誘われ、この世界を抱きし楽園を創造せし。


 勇者とは肩書きか、否、その心、その勇気、人を守ろうとする意思を持つ者のこと。


 人の英雄『文月 立夏』

 エルフの魔導師『エリン・フォルトゥス』

 ドワーフの戦士『アデルスハイト・ドゥーナ』

 獣族の聖女『メリア・オーガスト』

 魔族の英雄『グリム・ヴァーデンロギア』


 彼らは皆等しく人のために命を投げ打った英雄、勇者なり。

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