第4話『アヴニール流星群』
勇者は魔法空間から3人の遺体を呼び出す。完全に修復されて美しい3人は、眠っているかのような安らかな顔だった。殺されたのにも関わらずだ。
俺の魔法は創造の魔法だ。実質何でもできる。この力を使う最期の機会が墓作りとは。3人はこの状態で、ずっと美しくあるように魔法をかけてある。あとは墓だけだ。柔らかく包むように、自分の想像できうる限り完璧な棺を創り上げた。死を抱く棺桶ではなく、この3人を永遠に飾るように。
「後悔するなって言われたが……俺は死ぬ気でいるんだ実の所は。俺だけが生きるのはおかしな話だ。とっくに気が付いてた」
3人の未だ開かれた棺のそばに寄りかかる。上からは陽の光が、下からは木の、命の温もりが感じられる。
「あったけぇな……最期の太陽だ」
気が付けば眠り込んでいた。目を覚ますと、日がすでに沈みかけ、紅色の空が輝いている。
「昼が、終わる」
「昼なんてまた来るわよ」
聞き覚えのある声が傍から聞こえた。
ハッと横を向くと、そこにはエリンが座っていた。エルフ特有の耳と、美しい顔立ちは見紛うことがない。
「え」
「何? そんな顔して」
なん、で?
「はっはっは、腑抜けたツラは相変わらずだな立夏!」
その奥にはアデル、アデルスハイトが座っていた。無精髭に斧を担いで、陽気に笑っている。
「アデル……」
俺は死んだのか? いや、そんな簡単に死ぬことはない。そうだ、ここは世界樹だ。全ての魂が導かれる樹。
「お前たち……なんて言ったらいいか、その、俺はーー」
「何も言わなくていいわ。私たちが死んでるってことに変わりはないもの。それに、エルフやドワーフにとって死ぬことは怖くない。寧ろ次の段階への足掛かりだと信じているのだから」
龍みたいなことを言うんだな。
「アタシのことも忘れないでほしいっすよ先輩!」
真後ろからメリアの声がする。振り返れば、尻尾が頬をかすめて揺らぎ、ひょこひょこと猫の耳が動いていた。
「メリアか」
「忘れないでくださいよぉ?」
忘れるわけがない。メリアはこの世界に飛ばされて初めて出会った人なんだから。
「ワシは最年長だから言わせてもらうが、立夏、お前はもっと楽しそうに生きなきゃならん。人生を楽しめ!」
「そうよ。私も同感。エルフは森と共に生きるけど、あなたも何か拠り所を見つけなさい」
「アタシは心配だったんですよ。先輩ずっと楽しくなさそうに戦ってましたから」
みんな、もう死んでしまっている。棺に横たわる3人を見て確信する。これは世界樹に導かれた3人の魂か、はたまた俺の夢なのか。3人と出会って余計に死にたくなる。俺は死ねばみんなと出会えるんじゃないか。
「……そっちの世界はどうだ?」
「どうって、そんなのはあなたがその時になったら自ずと分かるわよ。でも今は違うでしょう?」
「でも、そろそろ合流しようと思ってるんだけど」
慌てたようにメリアが叫び、それから目の前に座る。
「そんなこと言っちゃダメっすよ。先輩、初めの頃はあんなに楽しそうにしてたじゃないですか。もちろん途中からはあんまり楽しそうじゃなかったですけど……」
「俺ってそんな暗い感じ出してた?」
個人では割と楽しんでいたつもりだったんだけど。魔王を倒す前までは世界のためだって息巻いてた。
「無論戦っておらん時は楽しそうだった。けど戦ってる時は心底嫌そうにしていたがな!」
そう見えていたのか。なんで気が付かなかったんだろうなぁ。自分のことだってのに。
「自分のことだからっすよ」
龍もメリアも、俺の心を見透かすのが得意だ。10年間、何度も驚かされた。
「見てみろ立夏。昼が終わって夜になるぞ。ワシらが待っていた流星群がやってくる」
「楽しみね。綺麗なものは好きだから」
「アタシ初めて見るっすよ!」
紅色の空には紺のベールがかかり、いよいよ夜が訪れた。4人で洞のへりに腰掛ける。
「あ! 来た!」
最初の流れ星が、東からすぅーっと流れた。
俺の知ってる流れ星よりゆっくりだ。青緑の尾を長々と引いて、虚空へと消えた。
「始まる……!」
次の瞬間、一斉に空の星が揺らいだ錯覚に陥る。否、星ではない。流星が空を走る。
空いっぱいに流れ星が流れ始めた。
「うわぁあああ! すっごい!」
「これは……圧巻ね」
「うむ、これは凄い!」
これが、アヴニール流星群か!!!
「す、すげえ」
龍たちが一斉に咆哮した。それは、俺の知る龍の方向とは違う。世界を、歌っている。謳っている。詠っている。
ビロードのように滑らかな、あの龍たちがこんな声を出せるなんて、どの場所の歌姫も敵わない、美しい歌声だった。
「これを、聞ける日が来るとは……」
アデルは涙を浮かべている。
「ドワーフにとって、地下こそ家だった。だが、大空に憧れたのもまた、ドワーフなのだ。今国々で作り始めている飛空艇は、ドワーフの空への憧れ。空を支配する、龍の歌声を、その賛美を、いつか聞くために、ワシらは空を目指しておった」
「アヴニール流星群を歌う龍の群れ。最後に素晴らしいものを聞くことができたわ」
「アタシ、アタシ、こんなのーー」
涙を浮かべるを通り越して両目から涙を流すメリアは、勇者の、いや、立夏の手を掴んだ。
「立夏! 凄いっす!」
「あ、ああ、これは」
こんなに美しい光景がこの世界にあるのか。これを見たら戦いなんて起こさない。この光景は敵対心も悪い心も、全て洗い流してくれる。
「世界の人が、これを見られれば、聞ければいいのになぁ」
心底そう思った。
龍は歌う。世界の賛美の歌を。世界樹の枝から、新芽が伸びて、上を目指す。星の流れる空を、この世界の外に向かって。
「これが、アヴニール流星群……」
難しい言葉は言えない。口に出さないのがきっと正しい。色とりどりに流れる流星群と、龍たちの歌が響く。古代語の美しい調べは、意味が分からずとも体に染み渡り、この世界を愛そうと言う気持ちが湧いてくるのだ。
それから、4人で空を見た。星のカケラが死ぬ様子には思えない。新しい命が生まれるようだ。世界樹からは次々と透明な花が咲き、この世とは思えない絶景を形作っていた。
今は、今だけは、この世界に来て良かったと、心から思えるのだ。
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