浮気の残り香『解決編』〜消えたその香り〜その5


「ごちそうさま!」

「婆ちゃんの手料理めちゃくちゃ美味しかった!」


「そう?それは良かったわ!」


 昼ご飯を食べ終わり婆ちゃんはキッチンで食器を洗っていた。


「そういえば昨日はハロウィンじゃったなぁ〜!」

「ハロウィンって確か秋の収穫の時期に来る悪霊を追い返すって意味じゃったなぁ〜!」

『「つまりということだとわしは考えとるんじゃ!」』

「ゆうきはどう思うんじゃ?」


 毎度実家に帰る度に爺ちゃんは変な雑学を吹き込んでくる。もっと話すことがいっぱいあるというのに。俺に「おじいちゃん物知りだね!」と言ってほしいのだろうか…


 でも今はそんな話してる場合ではない、婆ちゃんが皿洗いを終わらせたら母の浮気の事を打ち明けよう。


「あー、まぁ…うん、俺も爺ちゃんと同じ意見だよ」


 父さんに打ち明ける時と同様、いやそれ以上に俺は緊張していて、爺ちゃんの雑談に構っているほど心が余裕では無かった。


 相手は母の両親。二人にとっては小さい頃から育ててきたたった一人の愛娘まなむすめ


 そんなたった一人の愛娘が浮気をしてるなんて聞かされたら「ゆうきお前母親に向かってなんてことを言うんだ!」なんて言われるのは容易に想像が付く。


「ちょっとー!ゆうき今日はちょっと冷たいんじゃないかー?去年の夏休みは大の爺ちゃん子だったのに〜!」

「もしかしてこれが世間一般的に言うツンデレと言うものじゃか?」


「違うしデレてないわ!」


 どうして『ツンデレ』なんて70後半の爺さんが使うにはあまりに似合わない言葉を知っているのかと疑問に思ったが、きっと知りたいのだろう。『の事を…』





「そう言えばなんでゆうきちゃん達こんな日に突然きたの?」

「今日何か特別な日でもあったの?」


 皿を洗い終わった婆ちゃんは俺と父さん、爺ちゃんの居るリビングの畳の上にゆっくりと座る。


「あ、じ…実は…」


(怖い、怖い怖い、でも勇気を出さなきゃ) 


 緊張で表情が強ばる俺に隣りにいる父は軽く俺の背中を擦った。そして小さ声で「大丈夫、父さんに任せなさい」と言って爺ちゃんと婆ちゃんの方を向く。


「あの、お義父さんお義母さん」

「今日ここへ来たのは娘さんの浮気についての事を伝えに来ました。」


 父は芯のある声で二人のの胸にしっかり打ち込むように言った。


「・・・・・・」


 父さんの声に一瞬時間が止まったように、窓の外の鳥の声は聴こえなくなり、全ての生物が止まったように感じた。


 爺ちゃんと婆ちゃんはあまりの衝撃にしばらく口を開いたままだった。


「そ…そんな…じょ…冗談じゃ…」


 しばらくして婆ちゃんは唇をぷるぷると震えさせ、苦笑いで言った。


「では、これを…」


 父さんは机に昨日のハロウィンの日に俺に見せたあの浮気の証拠写真の数々を机に並べた。


「こ…これ…ほ…本当……よね…」


 婆ちゃんは戸惑いを隠せずにいて、爺ちゃんは何処か遠くを見ているようだった。


「はい。すみません、これが現実です」


 父さんの雲一つない声が二人に刺さる。


「そ…そんな」

「……………………」

「ごめんなさい…、ごめんなさいごめんなさい…」

「不出来で……ごめんなさい」


父の言葉に婆ちゃんは泣き出しその場で土下座で謝ってきた。


深々と下げられたその頭は畳にくっ付く。


「ば、婆ちゃんそんなことしないで!」


 俺は慌てて婆ちゃんに顔を上げさせた。だって婆ちゃん達に罪は何も無いんだから…。


 どうしてこんな良い人達が謝罪なんてしなければならないのか、俺には良く分からない。親だから……なのだろうか…。


それだと尚更なおさらどうしてだと考えてしまう。


「わし…達の…せいだ」

「そしてもしかしたらゆうき、あんたが引き金になっているかもしれん…」


さっきまで遠くの方を眺めていた爺ちゃんは突然口を開く。


「え?爺ちゃん、どういうこと?」


 俺は爺ちゃんの言葉に全く理解できなかった。母さんの浮気と田舎いなかにずっと住んでいる爺ちゃんに何か関係性でもあるとは思えなかった。


 さっきまで晴れていた空から眩しく差し込んでくる太陽の光がいつの間にか灰色の乱層雲によってその光は遮られ、地面に注ぐ光はザーザーと音をたてる雨に変わっていた。



「わしとむすめはまだ仲直りできていないんじゃ…」


「え?爺ちゃんと母さんって喧嘩してたの?!」

「でも今まで実家に帰ってきた時は全然仲悪い雰囲気とか無かっただろ!?」


「それはゆうきと君のお父さんに心配をかけたくなかったから表面上だけでも仲良さそうに見せているだけなんだ…」


初耳だった。

俺だけでなく父さんまでも初耳だった。


 その理由に隣で呆然自失ぼうぜんじしつになっている父さんを見れば分かることだった。


「心配って何だよ!爺ちゃん!誰にも打ち明けずにしないでよ!」

「ずっとそのままだと何も解決しないよ!」


 俺は爺ちゃんに怒っていた。多分爺ちゃんと引きこもっていて母の浮気を誰にも打ち明けれなかった頃の俺に重ねていた。


「本当に…すまん…」


「爺ちゃん昔に何があったの?言って!」


 爺ちゃんはしばらく黙って考えていた。言うべきか言わないべきか…。しばらくして口を開く。


「そうじゃよな…何も解決しないじゃな…このままでは…」


 と言い。母の部屋だった物入れから古びたアルバムを持ってきて俺と父さんに渡した。


「爺ちゃんこれは?」


「海の写真じゃ。とりあえずそれを一回見てほしいんじゃ…」


 俺と父は言われた通りアルバムを捲る。


1ページ目


 母の産まれた時の写真や初めて歩いたときの写真、笑って遊んでいる写真などがあった。


 2ページと3ページ、4ページ目も同じような写真が一杯だった。ずっと母は幸せそうに笑っていた。


 それ程母を大切に育ててたんだなと少し爺ちゃんの顔を覗く。


そして5ページ目


 小学校の入学式の写真母さんは笑顔だった……が、それ以降の写真は笑顔だがどれも作り笑いに見えた。


「爺ちゃん、これってどういう…」


「とりあえず最後まで見てくれ」


 続けてアルバムを見るも幸せそうに笑う姿は無くやはり作り笑いだった。


 ただ中学になって何度か幸せそうに笑っていたが中学の卒業式の時には幸せそうな顔がまた無くなっていた。それどころか憎しみの顔になっていた。


 そしてアルバムの次のページを捲ると、そこからは一枚も写真が無かった。



 そのまま俺はアルバムを閉じると爺ちゃんはドスの利いた声で母の昔について語り出した。


 話の内容をまとめるとこうだ。


 爺ちゃんと婆ちゃんはははが大好きで幸せになってほしいと思っていた。その幸せとはいい企業に就職してお金をたくさん稼ぐことだ。


 名前の『かい』のように広い心を持ち、どんなことがあっても海の波のように柔軟に転機を効かせ、強く生きてほしいと思っていた。


 二人にとってそんな娘に育てるためにはやはりが必要だと考えていたんだ。


 つまり勉強をするということだ。


 ただ実家はお金があまりない方だ。世間で言うところの貧乏に属している。テレビなどの家電も他の家のよりも何世代か前のを使っている。


 勉強するにはお金が必要だ。お金が無いんじゃまず話にならない。だから二人は借金をすることにした。


  全てはになるため


 小学校に入ってからは毎日習い事や勉強三昧、誕生日やクリスマス、ハロウィンもそれは変わらない。


 学校でもずっと勉強していることもあり、周りの生徒との関わりがほとんど無く、友達が一人もいなかったと三者面談の時に聞いた。


 休みをあげたらと普通なら考えるはずだがその頃の二人には休みを与えるのが恐怖でしかなかった。


 だって休んだことで成績が下がり、いい大学行けず、良い会社に就職出来なかったら今までの教育費が全くの無駄になるからと考えていた。


 だから休みを与えることは無かった。


 母はずっと勉強してたこともあって学校では常に学年で一番成績が良かった。


 母はテストでは毎回満点で教師陣からの評判がすごく良かった。


 爺ちゃんは母が良い点数を取るたびご褒美をあげていた。だがそのご褒美は常に勉強に関するものばかりだった。


 そして「良かったなぁ海ちゃん!これで勉強がたくさんできるな!」と言い笑っていた。


 それに対して母は一瞬寂しそうな笑みを浮かべた後「ありがとう大切にするね!」と言った。


 その時爺ちゃんはその寂しそうな顔が気のせいだと思っていた。


 今思えば母さんはそんなご褒美なんかいらなかったんだ。


 そしてこれが母が中学で出来た恋人、そして俺が母の浮気の引き金に繋がる。

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