第282話 再会の喜びと帰還



「まったく、何を勝手に抱きついて来たのじゃ」


「ごめんて」


 海岸沿いを歩きながら、僕は美紅みくに怒られている。怒られているのに口元がにやけるのは嬉しいからだ。


 目覚めた美紅はつのからの記憶をフィードバックされたらしく、僕のことをちゃんと覚えていてくれた。


 嬉しくて抱きついた時に抱き返してくれた気がするのだけど、すぐに手痛いツッコミをくらってしまってよく覚えていない。


 とりあえず燃える屋敷から二人で逃げ出しながら海辺へ出た。それから波打ち際を並んで歩きつつ今日のことを説明していたのだ。


「——しかしお前が雪牙丸を倒すとはな。見事なものじゃ」


「そ、そう?」


 もっと褒めて。


「皆のつのを奴から解放してくれたこと、礼を言うぞ」


「……みんなにも美紅を会わせてあげたかったな」


「一志、ここは過去じゃ。過ぎ去った時間にお主が関わっていたとは驚きじゃが、過去に囚われてはならぬ」


「いいじゃん、少し感情的になったってさ」


「お主のそう言う優しさがこの結末を呼んだのだろう」


 そう言う美紅の声は柔らかく、満足気だ。


「さ、もとの時代に帰るとするか」


「え? 其角きかくさんに会わなくてもいいの?」


「そんな悠長なことは言ってられんぞ。其角の本体と『鬼丸』が同時に存在すると『鬼丸』は使えなくなる。ということは美羽が生まれて、我の持ち去られた角が埋め込まれたら、本来の時間軸にいないはずの我は力を使えなくなるかもしれぬ」


 鬼のつのの同時存在の問題か。


 優先されるのは他所の時間から訪れた者よりも本来の時間軸にいる者だ。


「それに其角とは別れを済ませている。今更会えば狂いが生じるはずだ」


 其角さんはこれから何年もの間一人で戦わなくてはならない。その孤独を思うと胸が痛む。


「安心せい、一志。その後、お主が救うのだろう?」


「そうだね。それにそのあと其角さんは刀鍛冶になるし」


「なんじゃと? それはまだ聞いておらぬぞ」


「あっ、そうだったね」


 美紅には話したい事が山ほどある。僕は彼女の手を取った。それから美紅と僕の間に『鬼丸』を鞘ごと突き出した。


 美紅も頷いて『鬼丸』に手を添える。


 ん?


 美紅は『鬼丸』の力を使えるのか?


 しかし僕の疑問は杞憂に終わった。


 すぐに『鬼丸』が蒼く輝き、僕らは二人でそれを抜いたのだ。天に向けて刀身を突き上げると、蒼い雷のような光と共に僕らは飛んでいた。




「いつものとは違う移動だね」


「うむ、そうか? そういえばお前とともに時を超えるのは初めか」


 いつもは瞬間移動なのに、美紅との時間移動はゆっくりと蒼い空間を移動して行く。


 『鬼丸』は時を飛ぶ時の羅針盤となるのだと美紅は言う。この力で出発点に戻れるらしい。


「なんで美紅は『鬼丸』の力を使えるのかなあ?」


「さあな? お主は使えんのか?」


「必要な時に飛ぶんだって『鬼丸』に言われてる」


「我も戻れるだけじゃがな」


 でもおかげで帰れるんだから文句は言うまい。僕は時間の狭間を流れて移動する間に、母さんやのどか姉ちゃんになんて説明しようか考えることにした。





 つづく

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