第280話 最期に君を


 ごとん、と大きな音がして壁が崩れた。ところどころくすぶった板壁が落ちたのだ。


 この屋敷も、もう持たないんだろう。


 そういえば屋敷の中はたくさんの遺体が転がっていたのだった。それらをあまり目に入らないように、まだ見ていない所をまわる。


 迷ったり、通れなくて後戻りしたりしているうちに、不意に流れるような金髪が見えた。壊れかけた板の間の上に流れる美しいそれは間違いない、美紅みくの——。


「美紅!」


 外れかかった板戸の向こうに、彼女はいた。


 うつ伏せに倒れて、長い金髪がこぼれている。トレードマークの真紅の着物は煤けてところどころ切り裂かれている。


 投げ出された手足は血の気が無く、真っ白だった。


「美紅! 美紅!?」


 僕は彼女が目を覚ますのではないかと思って彼女を仰向けた。


 そんなはずはないのに。


 青白い頬に生気はなく、血に汚れている。


 僕は泣きながらそれをぬぐって、綺麗にしてあげた。そうしたかった。


 雪牙丸につのを折られたのは少し前のこと。僕と反魂玉で甦った月河さん達と行動を共にしていた頃だ。


 君と会えなくなってから、ずいぶんと時間が経ってしまった。


 もう少し早くここへ来れていたら、元気な君に会えただろうか。


 ともに戦えていたら、また違う未来が生まれていただろうか。


 ——いや、そうじゃない。


 僕は最後に君に会いに来たんだ。


 君に触れることなく君を失った僕は、今こうして君のそばにいるよ。


 僕は美紅の亡骸をぎゅっと抱きしめた。





 つづく

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