第264話 野の花を手折るように汚していく


「ふん、其方そなたではこの力に勝てまい。下がれ、雑魚ざこめら」


 雪牙丸せつがまるの身体が大きくなった気がした。太歳たいさいさんのように実際に大きくなるわけではないらしいが、きっと彼と同じくらいの腕力を手に入れたのだろう。


 そのあふれ出る力のせいで、僕らは錯覚しているのだ。


 そう思っても、雪牙丸の圧に押されて僕と月河げつがさんはジリジリと下がるしかない。そんな僕らを見て雪牙丸は再び高笑いをする。


「ふはははははは! 下がれ、下がれ! 其方らには似合いの格好じゃ!」


 笑いながら一歩、また一歩と僕らに近づいて来た。じゃり、じゃりと立てる足音が不吉な予感をも連れて来る。


 不意に雪牙丸が止まった。


 てっきり僕らを叩きのめすために接近しているのだと思っていたので、針の先ほどの希望が見えた——気がした。


 それは本当に見えた気がしただけだった。


 雪牙丸が歩みを止めたのは、北辰ほくしんさんと南冥なんめいさんの亡骸の前である。嫌な予感は当たった。


「やめろ! これ以上の凌辱は——」


「馬鹿をいえ。辱めるのではない、我の一部になる栄誉じゃ」


 雪牙丸はそういうなり、悠然と身をかがめて双子鬼のつのを折った。


 まるで野の花を摘むかのように優雅に二人のつのを折り取ると、それを陽の光に透かす。


「うむ、美しい。青玉と翠玉のようじゃ」


 一本角の北辰さんと二本角の南冥さん……。合わせて三本のつのを片手に、雪牙丸はふところに反対の手を入れた。


 焼け焦げ、切り裂かれた直衣のうしの懐から取り出されたのは——。


 片手に持っている青と緑のつのと全く同じ、つのだった。





 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る