第263話 悪魔の所業

雪牙丸せつがまる!」


 いつの間にか戻ってきた雪牙丸は火傷の痕さえないほど回復していた。みやびな平安貴族の官服こそボロボロになっていたが、体に埋め込んだ鬼のつのの力だろうか、身体の方は傷が治っているのだ。


「気安く呼ばないでもらおうか」


 ジャリ、と音を立てて雪牙丸は前に踏み出した。足の下で白い砂利が鳴る音が妙に響いて聞こえた。


「やってくれたな、下郎どもめ」


 そうは言うものの、彼は口元が緩んでいる。今にも笑いそうだ。


 含みのある顔のまま、雪牙丸は指先で何かをつまんで僕らに見せつけた。


 見事な一本角——。


「それは太歳たいさいの!?」


「ええっ!?」


 驚く僕らに満足したのか、雪牙丸は高笑いを始めた。


「ふはははははは! どうじゃ、見惚れるほどの力強きつのよ。これをな——」


 雪牙丸は太歳さんのつのを目の高さまでつまみ上げると、ニヤリと笑った。そのまま自分のあらわな胸元に近づけた。そしてそれを胸骨のあたりに押し付ける。


「やめろーッ!!」


 月河さんの叫びを無視して、雪牙丸はグッと角を胸に押し込んだ。


 ぱあっと紫色の光が放たれて目がくらむ。


 光が消えた時、太歳さんの角は雪牙丸の胸に同化して、艶やかに黒光りする胸飾りのようだった。


「ふふふふふ、本来はこんな無骨な見た目にはせんわ。細工師に削らせて煌めく細工物に仕立てるのよ」


 そう言って雪牙丸は片袖をちぎった。


 現れたのは白く細い華奢な腕だったが、次第にその腕に光る物が浮かんでくる。それは紋様のように彼の腕を流れてさまざまな色合いで輝いた。



「ふふふ、


 ——鬼のつの


 雪牙丸は集めた鬼のつのを加工して、まるで身体を飾るように埋め込んでいるのだ。


 ——美羽みうの手の甲にもあったアレか。


 でも彼女の手の甲にあったのはたった三つの細い菱形の宝石のようなものだった。彼女が飛べるようにと脚にも埋められていたはずだ。


確認はしてないが。


 ——だって生脚直視できないじゃん。


 じっと見てたらヘンタイに思われる。


 うん、美紅にもどつかれる。


 ——じゃなくて。


 雪牙丸の身体に浮かぶ模様は、砕かれて細かい宝石のように磨き上げられた鬼のつのつらなってできているのだ。


 美羽の手の甲にあったような、細い菱形を組み合わせて模様になっているらしい。


 しかし今、追い詰められた雪牙丸は太歳たいさいさんのつのをそのまま身体に押し込んだ。にわかに奴の圧が強くなる。


 それは太歳さんの身体が膨れ上がった時の気配に似ていた。


「くそっ! 太歳の技まで使うというのか!」




 つづく

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