第232話 マヤへ、感謝を込めて


 レッドは最後にマヤにだけ挨拶をしたいと希望を述べた。


「ユウタの事を伝えねばなりません。そのあとで、私の中にある反魂玉を壊してください」


 体内の反魂玉を壊せばレッドは身体を保てず消えるしかない。


『いいのか、それで?』


「ええ、まともな生き方をしてこなかったとはいえ、百年も生きたのです。もう、十分です」


『——では行こうか』


『一志』は一瞬だけかなめの生涯に思いを馳せる。


 恋人と引き裂かれて、実の父親に目の前で恋人を殺され、自分もその凶刃きょうじんに倒れ——反魂玉の使い方を間違えて化け物のようになり、百年を彷徨さまよった女性。


 ——この女性ひとのせいではないのに。


 一人で責任をとって消えようとしているレッドの腰に手を回すと、『一志』は『鬼丸』に瞬間移動を促した。


曲垣まがきとやらのところでいいのかの?』


『ああ、頼む』


 いつもの浮遊感に似た感覚とともに軽い衝撃を感じた後、『一志』とレッドは見覚えのある店内にいた。


 マヤの店、『金糸雀かなりあ』である。


たかむら君!」


 突然現れた『一志』達に、オペラが驚いてイスを倒す。ぐるりと見回せば、曲垣やヨウコ、それと店主のマヤが驚いた顔で二人を見ていた。


『一志』はレッドから離れると、そっと彼女と目を合わせた。レッドは軽くうなずくと、マヤの前に進む。


「マヤ、実は——」




 レッドの話を『金糸雀』にいた皆が聞いていた。オペラはもらい泣きし、ヨウコも神妙な顔で聞き入った。曲垣は窓の外を見つめ、『一志』は腕組みをして俯いている。


 話し終えると、レッドはマヤに礼を述べた。


「今までありがとう、マヤ」


「……いいえ! いいえ、私こそ二人がいたからこの街を好きになれた。この店を守ろうと思えた……」


 マヤはレッドに震える手を差し出した。


 今まで、ユウタとレッドに触れたいと思いながら、彼女は彼らに触れたことはなかった。『新宿の幽霊』は触れたら消えてしまうと、子供の頃からずっと思っていたからだ。


 レッドはマヤの手をとって握手をした。


 握ったレッドの手は、冷たかった。


 けれどマヤはそれを忘れまいとギュッと両手で包む。まるで温めようとするかのようだった。


「あは、皮肉ね。こうやってようやくあなたに触れることが出来たのに、あなたはここからいなくなるのね」


「……マヤ、さよなら」


「ええ、いつかまた」


 ——会いましょう。


 マヤは名残惜しそうにそっと手を離した。





 つづく

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