第225話 襲撃


 的場まとばタカシはようやく自宅の前に着いた。実家まで歩いて五分の距離に借りた新しいマンションだ。


 エントランスに入る前に、ここまでわざわざ護衛してくれた黒木くろきに礼を言う。


「たいしたことじゃねぇよ。それより支払いよろしくな」


 護衛費のことをほのめかすと、黒木はニヤリと笑った。


 ——ボロい仕事だ。


 初めは、刃物を振り回すヤバいヤツとやり合うのかと思い、割に合わない仕事だと嘆いたが、そのヤバいヤツらが『新宿の幽霊』と知って考え方を変えた。


 なぜかは知らないが『新宿の幽霊』はあの街から出てこない。


 それなら話は別だ。


 的場にはその事を伏せて、新宿以外のところで護衛をして金を稼げばいい。


 絞れるだけ絞ってやる。


 黒木はその金でまた一つ上へ上がる根回しをするつもりだった。


 その的場は支払いのことを思い浮かべて、複雑な表情をした。片田かただユウタの幽霊も怖いが、目の前のヤクザ崩れも怖い。


 ——彼等に払う金は今後どうしたら……?


 それを考えて憂鬱になる。


 あれだけ怖がって頼りにしたのに、いざ金を払うとなると惜しくなる。的場はなんとか笑顔で取り繕うと、会釈して黒木に背を向けた。


 ——どうしよう。家まで知られてしまった。


 エントランスのガラス扉に黒木が映っている。ニヤニヤしながら悠然と手を振っている姿を見ていると逆に不安が増して来る。


 と、その黒木のガラスに映った姿が突然、べしゃりと潰れた。


 ——え?


 上から何か落ちて来たように見えたが、一体何が?


 的場が振り返ると、黒木はその巨体を血溜まりの中に浸していた。真上から潰されたためか、四肢をあちこちに投げ出して、ありえない方向に上半身と下半身が捩れていた。


「え?」


 的場は黒木のその姿を理解出来ず、立ち尽くす。


 それからようやく、潰れた黒木の上に片足を乗せている人物に気がつく。


 黒木を真上から踏みつけて潰したのは、赤いコートの女だった。


 コートが赤いのは踏み潰した男の血が染めたのだろうか?


 的場はぼんやりと目の前の光景を見ながら考えた。





 つづく

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