第222話 昔の話を少し


 オペラ達がレンタルの機材を返却に行く間、『一志かずし』はナオヤとタクミの歌が流れた路上に一人佇んでいた。


 不意に上着で隠した『鬼丸』がみじろぎした。


『来るぞい』


『ああ』


『一志』は真上を見上げる。


 夜空にビルの明かりを受けて白く光る何かが見えた。ユウタを抱えたレッドがゆっくりと降りてくる。


 ふわりふわりと揺れながら降りてくる二人に、誰かが気がつくこともなさそうである。この街の人々は空など見ないのだ。


『一志』の目の前に降り立つと、ユウタは少しキャップのつばを押し上げた。


「ナオヤとタクミは世話になったね」


『……仲間の君らに話もせずに去らせてしまった。そこはすまないと思う』


「冗談でしょ。むしろ助かったよ。僕らでは彼等を解放できなかったんだから」


 ケラケラと笑うユウタの後ろに、素顔を晒したレッドがいる。彼女は『一志』を観察しているかのように見つめていた。


『一志』もそれに気がつき、見つめ返す。


 視線を受け止める彼女は、理性的で落ち着いた女性に見えた。


 そのレッドが口を開く。


「私のことを知っていましたね? 榑松くれまつさんのことも」


 どこで知ったのか、教えてくれと素直にレッドは言った。


『君の妹さんの手記を読んだ——正確には少し違うが。佐和さわさんの曾孫が、俺たちと一緒にいた曲垣まがきという青年だ』


「背の高い男の子かしら? そう、佐和は子どもにも恵まれたのね」


 口許を綻ばせてレッドは微笑んだ。


 その笑顔は普通の女性と変わらない、穏やかなものだった。





 つづく

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