第220話 ビルの屋上にて
「レッド、ここに居たの?」
「……二人の歌が聞こえて来たから」
「僕も聞いてたよ。マヤ姉さんから教えもらったんだ」
ユウタはビルの屋上の端に腰掛けて、足を空中へ投げ出している女性を見つけた。赤い色の古びたダッフルコートがよく似合う。
いつもと違うのは、フードを外して素顔をビル風にさらしていることだろうか。
レッドは振り返ってユウタの姿を見つめると、片手に力を入れてふわりと宙を舞い、屋上のフェンスを飛び越えてユウタの前に降り立った。
「レッド?」
「……ユウタ。私は——思い出してしまった」
「……そう。仕方ないね」
正面からレッドの顔を見るなんて久しぶりだ。背中まで伸びた黒髪が白い顔をふちどり、夜のビル灯りに美しい顔を浮かび上がらせている。
瞳の色こそ人外の色だが、これまでの獣のような噛みつきそうな表情は消えて、憂いのある落ち着いた顔は、子どものままの姿を持つユウタを焦らせる。
「はっきりと会話ができるレッドも久しぶりだ」
再び飛んで逃げられないようにユウタはレッドの手を取った。
「あいつらから聞いたよ。レッドも辛い過去があったんだね」
「……私のことはいいの。それよりも、私はあなたに反魂玉を与えてしまった。ただ死ぬより辛い境遇にしてしまった……」
ユウタは項垂れるレッドの手を強く握った。
「そんなことないよ! 僕は、生き返れてよかったと思ってるよ。この前、復讐を果たした時、本当に心が軽くなったんだ。あと一人倒したら僕はきっと解放される」
「ユウタ、そいつは私がやる。あなたは手を汚さないで」
「冗談言うなよ。レッドこそ、僕の獲物を取らないでよね」
ユウタが不敵に笑った時、ビルの下の方から歓声が聞こえて来た。何事かと屋上のフェンス越しに見下ろすと、金色の光の粒子が立ち上ってくるところだった。
「!?」
光の粒はユウタとレッドの目の前でナオヤとタクミの姿を一瞬だけ形作った。消えてゆく二人が「ありがとう」と口にする。
「ナオヤ! タクミ!」
その呼びかけに返事は無かったが、二人の幻影は微笑んで、再び光の粒に変わり夜空へと昇っていった。
ユウタとレッドはその身を寄せ合いながら彼等を見送る。
「ユウタもきっと光に変わるよ」
「……でも、そうしたらレッドが一人になっちゃうな」
レッドはユウタの言葉に微笑んだ。
「大丈夫。ずっと一人だったのだもの。今更心配しないで」
——ずっと一人だったから、仲間を欲したのではなかったか?
レッドは自問自答して、それから不意に胸の痛みを覚えた。
ユウタを見送った後、私はまた一人になるのか。
それがどれほど辛くとも、自分はユウタを送らねばならない。
レッドはユウタの手を強く握り返した。
つづく
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