第215話 ラストライブ
普通の土曜日。
二月なのですぐに陽が落ちる。太陽が姿を消しても、この街は人工の光で明るい。
そして喧騒に満ちている。
「思ったより、うるさいな」
ナオヤが悔しそうな顔をする。もともとナオヤとタクミは深夜の路上ライブをいろいろな駅前でしていたが、たまたま新宿でライブして悲劇に見舞われたのだ。
「真夜中なら声が通るのにね」
タクミがフォローして、さらに時間をずらすかとナオヤに聞いた。
ナオヤは首を振る。
「いつだって、完璧な場所なんてなかっただろ? 完璧な客もいやしない。いつやったって、僕たちの歌は変わらないんだ」
その言葉にタクミはニコッと笑う。
「さ、やろうか。ラストライブだ」
陽が落ちたとはいえ、土曜の夕方だ。
それぞれの店の宣伝も音楽も、点滅する光の看板も、何もかもが混ざり合って
広い通りの角を陣取って、ささやかなライブが始まる。
興味を持って立ち止まる人はいない。ここを訪れる者達に取っては、路上ライブは珍しくもなんともないのだ。
「誰もいないねぇ」
オペラが不安そうにこぼすのを、ナオヤは笑って一蹴する。
「告知も何もしてないもの。当たり前だよ。僕らは——君らに聴いてもらえればいいかな」
「ほんと!? じゃあ一番前で聴くね」
オペラとヨウコが仲良く最前列に場所を取る。そこから少し後ろに、『鬼丸』を上着で隠すようにして抱えた『
『他に誰か知らせたか?』
後ろから声をかけると、ヨウコが振り返りながら返事をする。
「はい。私の知り合いとか友達。それと——マヤさんにも」
マヤに知らせれば、ユウタも来るかもしれない。
ユウタはどう思うだろう——。
邪魔しに来るかもしれないと思いつつ、ヨウコはマヤにライブのことを教えた。もしも最後のライブになるのならば、ナオヤとタクミはマヤにも聞いて欲しいのではないかと考えたのだった。
『気にするな。ユウタが来たら俺が相手をする』
そう答えながら、今の『一志』は不安を感じていた。
——将棋の差し手になった気分だ。
一手一手を指すたびに指し間違いをしていないか考える。何かを間違えれば、この『一志』の知らない現在が、未来の自分を変えてしまうのではないかという不安。
——まずはこのナオヤとタクミを無事に見届けることだ。
『一志』は気を取り直してナオヤとタクミを見つめた。
つづく
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