第210話 これも一つの再会のかたち


鬼力きりきを蓄えている物……?』


一志かずし』がいぶかしげに聞き返す。そんな物が身近にあっただろうか?


『ふっふっふ。そりゃあ其方そなたが気づくわけはない。其方は鬼力を感じとる力は無いからの』


『前置きはいい。早く教えろ』


『ふっふっふ。それはの、つのじゃ!』


 聞いた瞬間、『一志』の脳内に悲しみを交えた記憶が走り抜ける。


 あの幽玄とも言える一瞬。


 美紅みくが青い月の下、自らのつのを折った時のこと——。


『美紅の角……?』


 呆然と呟く『一志』に、『鬼丸』は語りかけた。


『鬼姫の角にはそれはもう、膨大な量の鬼力が残っておる。あれを使うのじゃ』


 言うや否や、『鬼丸』は『一志』の手の中からパッと姿を消した。勝手に移動したらしい。


 見ていたナオヤ達が驚く。


「マジかよ……消えたぜ。いや、僕らが生き返ってる方がおかしいか」


 一方で、その驚いている言葉も耳に入らないのは『一志』である。彼の記憶には美紅の角のことが抜け落ちている。


 ——あれは、美紅の角は、どこへ行った……?


 そう、彼の世界線では美紅の角は失われていた。


 ——この時代には美紅の角がある?


 それが記憶のズレの始まりなのか。


『鬼丸』はすぐに戻って来た。


 黒鞘の『鬼丸』の周りに煌めく小さな流星がくるくると回っている。『鬼丸』を中心に円を描く動きは太陽の周りを周る惑星のようだ。


 目をこらせば、その小さな惑星が金と朱の輝きを持つ、やや湾曲した円錐形であることが見てとれた。


 ——美紅の角だ。


 懐かしさと愛しさで『一志』は胸が痛む。 


 あの『一志』をして生涯忘れえぬ女性となった鬼姫・美紅。


 目の前で角を折り、美羽の中から姿を消した美紅。それからも『一志』は彼女の事を忘れた事はなかった。時に強く時に美しく、それでいて優しい鬼。


 そして時を超えて高校生の自分に憑依した時に再会した美紅に、どれほどの感慨を抱いたのか誰も知らない。


 手を差し出せば、二つの流星は彼の手のひらにとどまって、螺旋を描くように回り始める。


 やがてそれはゆっくりと『一志』の手のひらに落ちて、転がって止まった。


 陶器でもない、骨でもない、まるで宝石のような質感のそれは紛れもなく美紅のものだ。


『一志』は美紅の角をギュッと握りしめた。


 俯けば涙が溢れ出そうになる。


 前髪でそれを隠しながら、一瞬だけ、彼は泣いた。



 つづく

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