第206話 歌うように話す人

 ひと区画も歩いたころ、ヨウコは昼間から派手な電飾をつけているビルとビルの間の細い路地にみんなを案内した。そこから少し進むと、急に喧騒けんそうが途絶え、誰からも見捨てられたようなくすんだ色のビルの前に出る。


「ここよ」


 ヨウコは古いガラスの押し戸を開けて中に入る。三人も後に続いた。


 ホコリっぽい匂いがする、廃ビルである。


 ふと、微かに歌うような話し声が聞こえて来たのを『一志かずし』は気づいた。少しメロウな気分になる話し方。


 それに合わせてもう一つの低い艶のある男性の話し声——。


 ナオヤとタクミか?


『一志』はマヤが二人が路上ライブをしていたと言っていたのを思い出した。


 二階に上がると、少し空気が変わる。


 生活の匂いとでもいうか、暖かな蒸気の匂いがして、人が住んでいる気配がある。


 廊下にいくつか並んだ店舗用の大きなすりガラスのドアの一つに近づくと、ヨウコはそっとノックした。デュオみたいな響く話し声がピタリと止まる。


「こんにちは」


 中に聞こえるようにヨウコが声を張る。


 すりガラスを通して中にいる人が動くのが見えた。


 少しだけドアを開けてこちらを覗いている顔は二十歳前後に見えた。金色の明るい髪色で、顔には人の良さそうなあどけなさが残っている。


「誰?」


 声の質から話し声の片割れだと『一志』は気がついた。声の主はヨウコの後ろにいる三人にも目を配る。警戒しているのだろう、ドアは少し開けたままで止まっていた。


「あの、ヨウコです。ユウタに紹介されてここに来た……」


「あー、そういえばそんなこと言ってたな。どうぞと言いたいけど、後ろのはなんなの?」


「友達です」


「俺らが聞いてるのはヨウコちゃんだけだから、それ以外の奴は中に入れられないよ」


「いいんです。私たち聞きたいことがあって来たんです」




 つづく


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