第204話 マヤの気持ち


「ごめんなさいね。あの子たちは——二度目の生に戸惑ってるのよ」


 マヤが静まり返った店の空気を変えるように少しだけ明るめの声を出した。店の奥でクリームソーダをオペラと楽しんでいたヨウコが手を止めてマヤを見た。


「マヤさん、他にもいるのよね? 生き返った人って」


 マヤがヨウコを見つめ返す。


 ヨウコは続けた。


「ダプトっていう、たまり場には他に二人いたわ。あの子たちもそうなの?」


「……そうよ。ナオヤとタクミは二人一緒に倒れてたそうなの。路上ライブやってた時に変なのに絡まれたみたいで……」


 ナオヤとタクミという少年二人も『反魂玉はんごんだま』で甦った死人であるらしい。その時はレッドとユウタが玉を与えて生き返り、たまり場で暮らしている。


「ただ、よくわからないのは、二人は復讐を果たしたはずなのに、呪いから解放されてないことなの」


 マヤは平然とナオヤとタクミの復讐譚を語った。


『一つ聞くが、その復讐とやらは——』


「もちろん、わよ」


一志かずし』は眉をひそめた。このマヤという女性もどこか壊れているのか? そう思えるほどマヤは人の死に淡々としていた。


「では、たまり場にいる連中は全員人殺しというわけか」


 曲垣まがき苦々にがにがしげに吐き捨てる。嫌悪感をあらわにして、目の前にあるクリームソーダを遠ざけた。


「何がおかしいの? あの子たちは理不尽な死に追いやられたのよ。それをした者にやり返したとして、何がおかしいの!?」


 マヤが溜め込んでいた怒りを爆発させる。


 マヤはずっと見てきた。


 子どもの頃から父についてこの店に入りびたり、『新宿の幽霊』をたまたま窓の外に見た時から二人に魅せられてきた。


 姿形の変わらない二人。


 赤いコートのレッドを引き連れて、昏い眼の少年は彷徨う。いつか自分が彼らの仲間になれたらと憧れた子ども時代。


 大人には内緒の友達となり、狭い街を冒険した日々。レッドという騎士のおかげでマヤとユウタは自由に、縦横無尽に、街の中を走り回った。


 そして——いつの間にかユウタの背を追い越し、大人になってしまったマヤ。


 いつしかユウタはマヤのことを『マヤ姉さん』と呼び、マヤは自分がユウタとつるむ仲間から外れたのだと感じた。


 そんな疎外感に胸を痛めていたころ、マヤの父が喧嘩の仲裁に入り、巻き込まれて命を落とすという不幸が起こる。『金糸雀かなりあ』を買い取られそうになった時、助けに現れたのはユウタとレッドだった。以来、『金糸雀』は街の中でも特別視され——悪く言えば無視され——細々と営業しているのだった。


「私はあの二人の味方よ、何があってもね」


 声を荒げたのを恥じたのか、マヤは声のトーンを戻して穏やかに言った。





 つづく

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