第193話 やっと出会えた敵に歓喜する

 中年男の息を呑むような悲鳴を耳にしたとたん、ユウタは目を見開いてグルリと首を回した。


 僕らの存在を忘れたように、小さな背中を向けて、悲鳴をあげた男をじっと見つめているようだ。


「あ、あ……」


 身体を震わせて声を洩らす中年男を見て、ユウタは声を上げた。


的場まとば! 的場タカシだろう!?」


 その声は歓喜に満ち溢れていた。


「なんて幸運だ! 宮前みやまえ紺野こんのに続いてお前にも会えるなんて!」


 獲物を見つけたユウタは黒のキャップに手をやると小型のナイフを取り出した。帽子の硬いツバに仕込んでいるらしい。


 チャッと音がしてナイフの刃が開かれる。


「聞いているんだろ? 宮前と紺野がどんな死に方をしたか、知ってるんだろ?」


 ドス黒い歓喜に満ちた笑い方をしながら、ユウタはタタっと駆け出す。真っ直ぐにナイフを的場に向けて小さな身体が走って行く。


「待っ……」


 ユウタを止めようと踏み出した僕の前に、赤いコートのアイツが立ちふさがる。


「……」


 無言。


 それでもその沈黙の中に、ユウタの邪魔をするなという意思が感じられた。


 でも僕だって目の前で起こる凶事を止めたいという思いがある。


 ——鬼の関係者として、という理由でも。人が死ぬのを見たくないという理由でも。


僕はユウタを止めたい。


「どいて!」


 頬の辺りが熱くなる。高揚した僕の意識は真っ白になっていって、そこでプツンと途切れた。





 つづく

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