第165話 オペラの近況と僕のひとりごと

 うちに帰ると、居間で紫堂しどうオペラが何か問題集のようなものを広げていた。


 ——紫堂が勉強している!?


「どうした? 熱でもあるのか?」


「なにそれ? ウケる」


 オペラはピンクの長い前髪をヘアゴムでちょこんと結っている。そのちょんまげを揺らしながらニヤリと笑う。


 座敷用の長机なので座布団に胡座あぐらをかいて、背中を丸めている姿勢は猫に似ている。割とふらっと出かけてしまうところも猫っぽいかもしれない。


のどかちゃんが高卒認定取るか、専門学校行けって言うんだ」


のどか姉ちゃんが?」


 くそう。実の弟にはなんのアドバイスもくれないのに、居候には親切なんだから……!


「怒るなってば。ほらボクいわゆるチュー卒じゃん。お仕事が限られるからせめて最終学歴を底上げしとけってさ」


「あー、でもお前、美容系の専門学校とか似合いそう」


「ムリムリ! 学費どうすんの? 高卒認定取って、どっかにシューショクするよん」


「そんな適当な事言うなよ。……何もしてない僕が言うのもなんだけど」


「ホントに」


 一瞬、目を丸くした後、オペラはそう言ってケタケタと笑った。




 とはいえ——。


「紫堂まで勉強してるのか……」


 ヤバい。


 今からでも塾の春期講習に申し込みしとこうか。


「どう思う? 美紅みく


 僕はすっかり日課になった美紅の角への報告を終えて声をかけた。相変わらず宝石みたいな金と朱の角は今では小さな座布団——リングレスト、指輪置きらしい——の上で返事するみたいにキラっと光った。


 しかし返事をしたのは『鬼丸』だった。


『塾に行ったからとてどうにかなるものでもあるまい』


「やる気をがないでくれ」


 僕は机に突っ伏したまま目線だけ『鬼丸』に向けて睨んだ。


『ヒマじゃー、遊びに行かぬか』


「……知らないうちに居なくなることもあるじゃないか」


『ぐぬぬ……知っておったか』


「おったかじゃねーわ」


『独りで遊ぶのは飽きてのう。ほれなんと言ったか……わしを抜いたというマガキとやらに会ってみたいのう』


「そういえば——曲垣くんはなんで『鬼丸』を抜くことが出来たんだろう?」


 僕の疑問に『鬼丸』の目がキラーンと光った気がした。


『ふっふっふ。そりゃあマガキとやらの血に鬼の血が流れておるのじゃろう』


「そっかー、鬼の血がね…………ええっ!?」


 どういうことだ?


『祖先に鬼がいたという程度じゃ。日の本じゅう探せば幾人かおるじゃろ』


 ——そうだ。


 曲垣くんのおばあちゃんの家で、昔の手帳の世界に入った時、彼のひいばあちゃんにあたる人が話していた。


 ——不思議な力を持つ祖先が宝珠(反魂玉)を作ったのだと。


「ということは、曲垣くんの中の鬼の血に『鬼丸』を抜く力があったってことか」


『かなり血は薄いが、そういうことじゃな』


 なるほどなぁ。


 くっ、イケメンの上に鬼の血を引くとはどうなっとるんだ。


 その夜、曲垣くんをちょっと羨ましく思いながら眠りについた。


 寝落ちする瞬間、ふと疑問が頭をよぎった。


 ——鬼の血を引いているからなら、僕や志乃しの姉さんは——…………?





 つづく





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