第164話 曲垣くんの近況


曲垣まがきくんは進路の事考えている?」


 稽古の帰りぎわに少し聞いてみる。


「俺か? 俺は大学に進もうと思ってる」


「わあ、決まってるんだ」


「決まっているというか……金属の研究に興味があってな」


「あ! もしかして日本刀?」


 僕が指摘すると、曲垣くんは照れくさそうに目を逸らす。


「ああ、古刀ことうはまだ製作過程でわかってないことも多いからな」


 どこの大学を受けるかはまだ決めてないと曲垣くん付け加えた。


「うわ〜。曲垣くんまで進路を決めてるのか」


 襲ってくる焦りと落ち込みを振り払い、僕は道場の外に出た。少しぬるい空気が春が近づいて来ているのを感じさせる。


 そういえばだいぶ日が長くなった。


 稽古から帰るときに帰り道の暗さで季節を感じることもあるのだとふと思う。


 曲垣くんは帰り道が反対方向なので道場の前で少しだけ話をするのが自然と決まりごとみたいになっていた。


「そういえば、其角きかくさんの刀どうなったの?」


 曲垣くんは僕らと共に鎌倉時代に飛んで、鬼の其角さんから刀をもらった経緯がある。事情を知る僕の母が刀の登録をして、曲垣くんに渡したのだった。


 その際に曲垣くんのご両親にお会いしたのだが、非常に戸惑った様子で——そりゃあ、いきなり息子が真剣を貰ったら驚くとは思うけど——僕の母に恐縮していた。


 御礼のお菓子などを後日いただいたので、印象はそんなに悪くかったけど、曲垣くんはそのことに触れると眉をしかめるので、やはりご両親とは何かあるのだろう。


「あの刀はこしらえを作る必要があるから、いま先生の伝手つてで職人さんに頼んでいる」


 そうだった。白木しらきの鞘のままでは昇段審査に使えないから、鞘や鍔をつけなくてはならない。


「お金かかりそうだね」


「先生には十万くらいでお願いした」


「ひょえっ! じゅ、十万円?」


「お前なぁ、刀一振りいくらすると思ってるんだ? それに、刀を買う為に中学から貯金してたから、それを使った」


 け、堅実〜。


 お小遣いもらったらすぐ使っちゃう僕とは大違いだ。


「気にするな。人それぞれというものだ」


 曲垣くんにぶっきらぼうだけど優しい言葉をかけられてちょっと喜んでしまう。


 そういえば鎌倉時代から帰ってから、曲垣くんは前よりも話しかけてくれる気がする。その時に現れたもう一人の『僕』のせいらしい。『僕』はいったい何を言ったんだろうか。


 気になるところだ。




 つづく

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