第162話 旅の終わりに君に伝えたいこと

「もっとゆっくりしていったら?」


「いや、俺も家で一息入れたい」


 僕の貸した服の上に、今に置いていた自分のダウンジャケットを羽織ったなんとか誤魔化した格好で曲垣まがきくんは帰るという。


 足首とか寒そうだ。


「あと、刀……礼を言うぞ」


「お礼なら其角きかくさんに……」


「それもあるが、刀の出所でどころをおまえの家にしてもらった事だ」


「ああ、そんなこといいよ」


 出自が不明の刀を持ち帰った上にもらったとか言ったら曲垣くんの家で騒動が起きかねないので、僕の家の蔵の奥から出て来たことにして登録することにしたのだ。


 登録が済んだら曲垣くんに渡すのだけど、それもうちの母さんから曲垣くんにあげるという形にする。


「おかげで上の段を受けられる」


「四段は真剣で受けるんだよね」


「うちの親は——いや、なんでもない」


 曲垣くんは言い淀むと気を取り直したように前を向いた。僕はその言葉に彼の両親への不満を受け取ってしまう。


 きっと、曲垣くんも家族と何かあるんだろう。


 僕は気づかなかったふりをして「うん」とだけ答えた。


 時間移動する前は冬の日差しが暖かな昼間だったけど、今はもう暗くなりかけている。うちの門のところまで見送ると、ちょうど陽が沈む頃だった。


「気をつけてね」


「ああ」


 曲垣くんは軽くて手を上げると門を出ていった。




 部屋に戻ると、いつもの場所に『鬼丸』を置いた。ふと見れば、机の上には宝石みたいな金と朱色が美しい二つの角が置いてある。


 美紅みくの角だ。


 僕は椅子にかけると、その角を手のひらに乗せた。


「ねえ、美紅。今日……って言っていいのかわからないけど、今日ね、美羽が旅立ったよ」


 もう彼女には届かないけど、僕はそっと話しかけた。


 ——美羽は其角さんの側に居たいという自分の願いを叶えたんだよ。


 それはきっと、君の願いでもあったよね。


 僕は美紅の角をぎゅっと握りしめた。





『備前国編』完




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