第158話 『鬼丸』のヒミツ

 それから、僕と曲垣まがきくんが自分の故郷に帰るという話が里に伝わり、お別れのうたげが開かれた。


 意外な事に建部たてべ家からも酒が届き、里のみんなや刀鍛冶の皆も大喜びである。少ないながらも餅や肴、干し柿などの甘味も並び、久しぶりに賑やかな食事になる。


 藤十郎さんの屋敷で飲めや歌えの大騒ぎ。


 屋敷の外では大きな篝火かがりびを焚いて子どもたちが木の枝に刺した餅を焼いて食べている。半ば開け放った縁側に、酒を持って来た藤十郎さんと僕とが二人で座っていた。


「まるで正月じゃな」


 藤十郎さんが白い顎髭あごひげを撫でながら呟いた。つっけんどんな口調でいるけれど、目には優しい笑みが浮かんでいる。


 このじいさんともお別れだな、と思うと寂しさがつのってくる。クソジジイって思ったこともあったけど、命を削って刀を打つ姿に僕は感動したし、僕を慰めてくれたことにも感謝している。


「藤十郎さん、元気でね」


「なんじゃい、お前のほうこそ細っこくてすぐ風邪をひきそうなツラをしおってからに。お前こそ身体に気をつけい」


 くそ、一言多いし。


 藤十郎さんは雪の庭を走る子どもたちを眺めながら盃を口に運ぶ。


「わしは命の尽きるまで其角きかくに刀を教えるぞい。それこそ全部な」


「うん、楽しみにしてます」


彼奴あやつの打った刀を見たか? 鬼の力とはすごいものじゃな。わしらが何年もかけたわざがああも容易たやすく再現される……悔しいが彼奴が一等、わしの業を後の世に正確に伝えるじゃろう」


「そういえば、藤十郎さんはこしらえとかは作るの?」


「わしか? わしは作らんわい。しかし其角なら全部作ってしまいよるかもな!」


 そうか、もしかしたら『鬼丸』はその全てが其角さんの手によるものなのかもしれないな。


「坊主は何をやるか決めたのか?」


「えっ? いやあ、まだ何も……でも居合いあいは続けます。たぶん大人になっても」


「何をいうとるか、十七といえば立派な大人じゃ! のう、一志かずしよ」


 突然名前を呼ばれてびっくりした。


 藤十郎さんの顔を見ればニヤニヤと笑っている。


 その顔を見て——。


「あっ」


「なんじゃい?」


「……なんでもないです」


 藤十郎さんの話し方が誰かに似ていると思っていたが、やっとわかった。


『鬼丸』だ。


 其角さんは『鬼丸』の話ぶりを知らないから、あの『鬼丸』の性格や話し方は其角さんが藤十郎さんを写し取ったに違いない。


 意図せずに生まれたとしても、きっと藤十郎さんのことを考えながら作ったんだ。


「あは、あははは!」


「なんじゃい? 何を笑うとる?」


「こんなステキなことって、ないなと思って!」


 一人で笑う僕を、藤十郎さんは不思議そうに眺めていた。





 つづく

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