第135話 儀式のような


「とうとう始まるな」


「うん」


 曲垣まがき君と僕は藤十郎さんの打ち場にいた。いよいよ、神社に奉納する為の刀を打つのだ。


「僕、現代にいる時調べたんだけどさ。『鬼丸国綱おにまるくにつな』って刀もあるでしょ? その刀もここで作られるのかな?」


「『鬼丸国綱』はこの時代にはすでに造られている。たしか、鎌倉に刀鍛冶を招いて造られたはずだ」


「なあんだ、関係ないのか」


「そうとも言えない」


 曲垣君が説明してくれたところによると、備前国びぜんのくにが刀の産地なのは、豊富に採れる砂鉄と水源の豊かさにあるという。この頃でも刀鍛冶の多さは国内一らしい。


 それに『鬼丸国綱』を作った人ももしかしたらこの土地の出身かもしれない。


「来たぞ」


 曲垣君が口元を引き締める。


 ここからはおしゃべりはできない。


 藤十郎さんたち刀工の人達が特別な装束に身を包み、頭に烏帽子えぼしを乗せて工房に入って来た。皆、キリリとして見える。口には白い紙をんでいた。


 僕らも口に白い紙をくわえる。


 神に奉納する刀を打つ時の、この里の決まりらしい。


 普通、刀を作るには一週間から十日かかるらしいのだが、この時の藤十郎さん達は『かし』と呼ばれる工程までを済ませていた。


 あのキラッキラの玉鋼たまはがねがどうやったのか四角い鋼の塊になっている。僕は一通り前もって曲垣君に聞いていたので、この状態になるまでも時間をかけていることは知っている。


 この四角い塊を刀の形に伸ばしていくのだ。


 打つのは藤十郎さん。腰を落として四角い塊を支えるのは其角きかくさん。そしてその他二人の刀匠仲間が同じ衣装を身につけて、それぞれの持ち場に着く。


 この二人はふいごの担当だ。


 彼らの送る風で炭は真っ赤に燃え上がり、鉄をも溶かすのだ。


 目と目で皆が頷きあい、刀造りが始まった。




 つづく

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