第134話 役立たずな僕と

 翌朝から僕らは水汲みの手伝いに駆り出された。其角きかくさんがいるから、彼の力でいつでも元の時代に帰れるんだけど、ここへ飛ばされた理由がまだわからない。


 僕らはもう少しこの時代に滞在することにしたのだが、食事分くらい働かなくてはならない。


 そこで美羽みうも働くことになる。


 派手な浅葱色の髪を僕らと同じく手拭いで巻いて隠すと、そこは鬼の力を宿した女子。


 僕らよりもはるかに力がある。


 藤十郎さんの家族や幾人かの刀鍛冶仲間の人達も驚く怪力少女になってしまった。


「あれまぁ、まずえらいおなごよのぅ」


「ほれ、まるで飛ぶように働きよる」


 実際飛んでるけどね。


 逆に僕らの方が肩身が狭い。


 特に僕は現代っ子で何もできない。


 ちなみに曲垣君は刀の事をあれこれ質問するので、刀鍛冶の皆には気に入られたようだった。


 そんな二人を見てるとますます気が滅入る。


 僕は休息がてら集落の奥にある小さな滝を見に行った。小さいけれど、夏の日照りの話が嘘のように大きな音を立てて上から落ちてくる。


 学校のプール半分くらいの滝壺があって、豊かな水をたたえている。あふれた水は集落のそばを通って里へと流れているらしい。


 冬が間近なせいか、ここには誰もいなかった。


 僕は手近な岩に腰掛けると、すっかり冷たくなった裸足の足を両手でさすった。


 ぼうっと水が落ちるのを見ていると、胸のモヤモヤも流されて行くようだ。


 そこへ——。


「なんじゃ、坊主か」


 しわがれた声がすぐそばから降って来た。ふり仰げば藤十郎さんが僕を見下ろしている。滝の音に消されて、彼が近づいてくるのに気が付かなかった。


「藤十郎さん」


「あいかわらず細っこいの」


 藤十郎さんは僕のすぐ隣に腰を下ろした。胸元をごそごそと探ると、干し柿を取り出して僕に突きつけて来る。


「あ、どうも」


 彼は自分の分も取り出すとそれを口に運んだ。僕も真似してかじってみる。


 少しぬくまっていたけど、懐かしい甘味が口の中に広がって、僕は母さんの作る干し柿を思い出した。


 いや、僕の母さんは作るんだよ。縁側の軒に吊るすんだ。


「坊主は何を考えとる?」


「僕の名前はたかむら一志って言います」


「たいそうな名前じゃのう。其角もそう呼んでたな。一志、と」


 藤十郎さんの話し方は誰かを思い出す。一志、と名前を呼ばれてなおさらそう思った。


「僕……ちょっと、なんの役にも立たないなって思ってて」


「そうじゃな」


 フォローしない系ジジイめ。


「じゃが、其角が言うとった。お前さんが、自分達の呪われた戦にケリをつけたんだとな」


 ジジイは——藤十郎さんはいきなり僕の頭をぐりぐりと撫でた。


「痛い痛い」


「……この前、聞いた話じゃ。ガキの頃出会ってから何十年も共に生きて来たがそんな話をしたのは初めてじゃった」


「……」


「お主の家に伝わる刀をいつか作りたいと……もっと早く言えばいいものを。わしの腕が落ちる前に言えば、わしが打ってやったじゃろうに」


「其角さんは、自分で作りたいって言ったんですか?」


「ああ。だが、わしが作っても良いとも言う。仲間の誰が作っても良い、ただその刀に自分のつのを添えてくれと」


 藤十郎さんは滝を見つめたまま話を続ける。僕の頭に手を乗せたまま。


「わしは今、神に捧げる刀を頼まれとる。だがどうにも気持ちが乗らんかった。身体の衰えもある。じゃが一番の理由は、奉納できるほどの刀を打つ自信がなかったのじゃ」


 僕は思わず藤十郎さんの顔を見た。


 同時に彼も僕を見た。


 皺だらけの顔の中に、輝く双眸がある。そこには僕の顔が映っていた。


「今のわしは、誰のためでもない、其角の為に最後の刀を作ろうと思う。見ていてくれるか、坊主?」


 僕は二つ返事で答えた。


「はい!」





 つづく

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