第125話 どうしてまたこういうことが起きるのかっ!


 僕が少し切ない気分で美紅みくつのから手を離して振り返ると、曲垣まがき君がじっと『鬼丸』を見つめている。


「あの刀は……?」


「うちの蔵にあった、例の刀だよ」


「『鬼丸』か……」


 曲垣君がそう呟いた瞬間、僕には『鬼丸』がチラッとこっちを見た気がした。


 きっと曲垣君を値踏みしているんだろう。自分の事をどこまで話しているのか、僕に確認したいらしい。


「『鬼丸』、大丈夫。曲垣君には話してある」


『ほう、珍しいのう。姉にも小僧にも話しとらんのに』


「……!」


 さすが曲垣君。


 驚きが表に出ない。


 ちなみに『鬼丸』のいう姉は和姉ちゃんの事で、小僧はオペラの事だ。


 僕は『鬼丸』を手に取ると、曲垣君に渡した。彼の顔が急に目利きの顔になる。


「黒漆塗り、鮫肌さめはだ目貫めぬきは——」


『おいっ! その前にわしの顔を見んか!』


「……」


『普通、初めにつばを見るじゃろ?』


 しわがれ声が曲垣君にツッコミを入れている。


「……」


『目をらすでない!』


「……」


一志かずし! 此奴こやつ、わしを無視しよるぞ』


 無視したいだろうなぁ。


「『鬼丸』、普通の人はしゃべる刀は見て見ぬふりをすると思う」


『一志っ、そんなヒドイことを言わんでも……』


「曲垣君、コイツが『鬼丸』。この鍔の所が顔になっていて話をするんだ」


「……ほう」


 僕が紹介して、ようやく曲垣君は『鬼丸』の顔を見た。『鬼丸』も自慢げに鼻を鳴らした。


『しかし其方そなた、よく我が身にまとう鮫肌に気が付いたのう』


「……まあな」


「サメハダってなに?」


 僕が尋ねると曲垣君と『鬼丸』がコケた。


『おっ、お主、わしの使い手でありながら今更いまさら何をいうか』


「……つかの組紐の下に巻いてあるやつだ。鮫肌というが実際にはエイの皮が多い。これは鮫皮だな」


「そうなんだ」


『……』


目貫めぬきが無い。なにで留めてあるんだ?」


「メヌキって——?」


 僕が無知を露呈ろていするたびに、『鬼丸』と曲垣君の視線が冷たくなる。ちょっと黙っておこう。


 曲垣君が『鬼丸』のつかさやに手をかけた。


「抜いてもいいのか?」


「いいけど……多分抜けないと思う」


『鬼丸』を抜けるのはたかむら家に関係ある者だけだ。僕が知っているのは明治時代に飛んだ志乃しの姉さんと僕の二人だけど。


「ふうん、そうなのか」


 そう言いながらも曲垣君は試しに抜いてみようと力を込めた——。


 ——同時に、スラッと部屋の戸が開いて美羽みうとオペラが入って来た。


「あっ、美羽、見せたいものが——」


『んぬおおっ!?』


『鬼丸』の驚愕の叫びに僕は振り向く。


 僕だけじゃなく美羽もオペラも声がした方を見た。


 曲垣君が『鬼丸』をこぶしひとつ分ほど抜いていた。青い光が刀身からほとばしる。


 ——なんで曲垣君が?


 驚くと同時に浮遊感に包まれる。僕はその感覚に覚えがあった。


「——曲垣君!」


 時を飛んでしまう。


 曲垣君も飛ぶのか? それとも僕だけか?


「一志!」


 美羽の小さな呼び声に振り向くと、彼女もまた姿を揺らがせている。


 みんな飛ぶのか?


 そう思った瞬間、衝撃と共に僕らはどこかへ吹き飛ばされていた。




 つづく



『鬼の宝玉編』完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る