第114話 鬼ヶ島の記憶9

 それからふと、美紅みく美羽みうに尋ねた。


「——雪牙丸せつがまるが言っていた事が気にかかる。結界を張っている者がいるとか……?」


「うん、けっかいのせいでこの島から出られないんだって」


 ——其角きかくだ。


 急に懐かしさが込み上げて来る。まだ生きている鬼がいるのだ。


 ——其角が我の言葉を守り、結界を張り続けている。


 美紅は心に温かなものを覚えた。胸の辺りに灯火が宿っていく。美紅には自分自身の身体が無い。だが鬼の一族を繋いで行く者がまだ生きている。


「探そう」


 なんとしても其角と連携をとりたい。


 美紅は雪牙丸を倒すために立ち上がった。




 それから雪牙丸の目を盗み、美羽は出かけるようになった。鬼姫に教わったとおり、脚に埋め込まれた鬼の角がある場所に意識をこめる。


 足首と膝の辺りに埋められたそれが淡く青い光を放ち始め、同時に気流が自分を包み浮遊感が生まれる。軽く地面を蹴るとそのまま空に向かって身体が浮いて行く。


 美羽はこの瞬間が好きだ。


 さまざまなから解き放たれ、唯一自分だけになれる気がするからだ。


 しかし彼女が向かって行く空は有限で、鳥籠のように人々を閉じ込めている。


 ——今から探す人が見つかれば……。


 美紅は無限の空を幻視した気がした。





「なかなか見つからぬのう」


 美紅は例の二人だけの空間で美羽の報告を受けつつ、ため息をついた。そんなに大きな島では無いのに、美羽の目では見つけられないのだ。


「おそらく常に移動しているのだ」


 一つのところに落ち着かず、居場所を変えているのだろう。


「今度は美紅が探してみて」


われが? しかし——」


「大丈夫。兄様あにさまは私のことは見張ってない。空に飛び立てば気づかれない」


 そう説得されて、久しぶりに美紅は『身体』を得た。五感に感じる外の世界はやはり心地よい。


 雪牙丸の館から離れた場所で、空高く舞い上がると、美紅は心を研ぎ澄ませた。


 ——鬼の気配を探すのだ。


 美紅を中心に水の波紋が広がるように索敵の能力が発せられる。


「あ」


 美紅は目を見開いた。


 彼女の能力は引っ掛かりを覚えたのだ。おそらくそこに其角がいる。


 そこへ向かおうと振り返った瞬間、何かが急速に近づいてくるのが目に入った。


「雪牙丸!」


 鬼姫の気配を感じ取ったのか、浅葱色の髪を振り乱して飛んで来る雪牙丸。


 ——ちっ、面倒な!


 逃げるいとまもなく、雪牙丸の蒼牙が振り下ろされる。同じく美紅も蒼牙で受ける。


 抜き身の刃がぶつかり合った音を立てて、青白い火花が散った。同時に雷撃が弾けて、辺りを青く染めた。


「……何者だ?」


 どうやら雪牙丸は美紅のことを覚えていないようだ。いや、おそらく記憶の混濁が始まっていたのだろう。


「ふん、我を忘れたとぬかすか。よかろう、受けて立ってやる!」




 つづく

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