第115話 鬼ヶ島の記憶10


 お互い鋼のような蒼牙そうがで打ち合うと、パッと離れて雷撃を放つ。それを繰り返しても勝負がつかないと見ると、すぐさま速度を上げた連撃に変わる。


 まばたきする間に無数の光弾が放たれ、お互い着物の袖を翻してそれを跳ね返す。


 らちがあかないとばかりに美紅みくは一際大きな雷撃を放つと、それを雪牙丸せつがまるの少し手前で弾けさせた。


 爆風と細かな雷が飛び散る隙に、美紅は地上へと身を隠した。


 そうしておいて姿を美羽みうに戻す。


 美羽の姿なら雪牙丸の探知にも引っかからないだろう。


 急降下しながら美羽に姿を変え、美羽は森の中へ転がるように身を隠した。


 その目の前に——。


 洞穴があった。


 気のせいだろうか、何か白い物がひるがえったように見えた。直感で美羽はそれを追った。


 ——もしかして、今のは。


 美羽の勘は当たった。


 洞穴の中には、白い装束の凛々しい鬼がいたのだった。





「——あとは、知っておるな」


 僕の目の前に居るはずの美紅は、夕闇に姿を溶かしてもはや輪郭りんかくさえおぼろになってしまっていた。


 遥か彼方に藍色の雲の隙間に赤い空が垣間見える。


 いつも輝いていたあの黄金色の瞳が見えないのが逆に怖い。


 いつも快活に僕を笑い飛ばす声が沈んでいるのがとても不安だ。


一志かずしわれ其方そなたが世界を広げてくれてからずっと愉快で仕方がなかった。それを享受することに夢中で、我の責務を遂げたことを忘れておった。我は——美羽の人生を奪っているのではないだろうか?」


「何を、言っているの? 二人は……二人で一人じゃないか」


「違う。我が今一度の生を受けたのは、雪牙丸を倒すためじゃ。それを成し終えたあと、我は消えるべきではなかったか?」


「美紅! そんなことないよ!」


 だって美紅が楽しいって言っているのは、ただの日常だ。


 母さんの作るおやつを食べたり、服を買いに行ったり、人の稽古について来たり——。


 そんな普通の出来事を楽しいって言ってくれるのか、君は。


「我が居ては、美羽は自分の成したいことが出来ぬ」


 それはもはや二人の生きる目標が同じではないという事なのだろう。今までは雪牙丸を倒して外の世界に出るために共にいた。


 けれどその目的を達成したいま、二人は別々の道を歩もうとしているというのか。


「——月じゃな」


 暗闇に一条の光が差し込む。


 雲間から大きな月が僕らを照らしている。


 その月光の下、美紅は薄く微笑んだ。そして自分のツインテールを結ぶ髪紐かみひもに手をやった。


 勢いよく髪紐の緒を引くと、金糸の髪がさあっと落ちた。月の光の粒を散らしながら、流れるそれに見惚れてしまう。


 そして——。


 髪を解いたその場所には、夜目にもわかる黄金色のつの——。


 陽の光の元で見たなら、それは金と朱色とをまとっていたつのだったはずだ。今は静かな月の光で白金と青との宝石に見える。


 初めて見る美紅の鬼の姿に、僕は目を奪われた。


 この世の物ではない幽玄の美しさ。


 それでいて絶対的な強者である事を明言してはばからない存在感。


 鬼姫と呼ばれる本当の理由がわかった気がする。


「一志、其方そなたといて本当に楽しかったぞ」


 美紅はそう言うと両手をつのにかけた。


「待っ——!」


 僕の叫びより早く、美紅は己のつのを折った。





 つづく

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