第107話 鬼ヶ島の記憶2



 暗い。

 暗い。


 ……何も見えぬ。


 力の源を失った美紅みくは、おのれの命が尽きるのを感じていた。


 ——我は、これで死ぬのか?


 つのを失った鬼は傷ついた身体は再生しない。


 そして生命を失う。


 ——我はまだ……。


 暗い何も写さなくなった瞳に緑色の一粒の光が見えた。最後の力を振り絞り、その光に手を伸ばす。指先に触れたそれは、其角きかくに渡された守袋まもりぶくろだった。その中身が光っているのだ。


 ——そうか、其角が持たせたこれは……。


 虫の息で美紅はその中身を取り出した。緑色の光の玉だけが見える。美紅はそれを口に含んだ。


 もはや口の中も感覚が無い。


 ただその宝珠に自らの鬼力きりきを込めることのみを思う。


 ——転生卵てんせいらんよ。


 願わくば今一度のせいたまわらんことを。


 そこで美紅の記憶は途切れた。





 次に美紅が意識を取り戻した時、彼女は驚愕した。


 ——我は生まれ変わったのか!?


 幼い子どもの手足を見つめて、それから確かめるように自分の顔をさわる。


 ——手順を踏まずに宝珠を使ったが……。


 しかし神は見捨てなかったのだ。美紅は見事生まれ変わって生きている。


 ——おお、そうじゃ! つのはどのような角か?


 前と同じ二本の角か。或いは其角きかくのような一本角か、はたまた力強い三本角か。


 幼子の手は短い。


 ようやっと額に触れるくらいだ。


 ——額には無いか。と、なるとわからぬな。鏡はないか。


 移動しようとして、ころんと転がる。どうやら美紅はまだ立てぬらしい。


 ——赤子か。いずることはできるようじゃな。


 鏡を探そうとして、ようやく周りへと視点が移る。


 ——ここはどこだ?


 見覚えの無い屋敷だ。しっかりとした造りで、木組も固く、巡らせてある御簾みすも上質であるようだ。


 誰かが赤子の美紅を拾って連れて来たのか。そうでなければこのような屋敷にいる理由がわからない。


 次第に記憶が蘇る。


 ——我は転生卵を育む猶予は無かった。では我を産んだのは誰か?


 自分の手足を見ているから人形ひとがたであるのは間違いない。だが、美紅の鬼力きりきを込めた転生卵を誰が育てるのだ?


 その時優しげな女性の声が聞こえた。


「あら、もう起きたの? 美羽みう




 つづく

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