第106話 鬼ヶ島の記憶1


「これは……?」


 いかにも貴族趣味の優雅な作りの広間である。御簾みす几帳きちょうがめちゃくちゃに壊れて転がっている。


 そして床一面——壁までも血に濡れてその赤黒さに部屋の中が暗く感じたほどだ。


 その血を撒き散らした武士どもが、無惨にも手や脚を、頭を、ばらばらにされて転がっていた。


「同士討ちか」


 太歳たいさいが顔をしかめながら遺体を踏まぬよう奥を見に行く。あまりの酸鼻さんびさに美紅みくも紅い着物の袖で鼻を覆って部屋を見回した。


 ——武士だけではない。婢女はしためも、雑色ぞうしきも混ざっている。


 むくろの着ている着物を見て、戦いに出ない小者こもの達まで惨禍に遭ったのだと美紅には感じとれた。


 ——おそらく、その禍いそのものが雪牙丸せつがまるだ。


 鬼のつのから力を集め続けた結果、雪牙丸は正気を保てなくなり、見境なく人を襲ったのだろう。


「同士討ちというよりは、一方的な殺戮だな」


 美紅は前を行く太歳に声をかけた。


 当然、肯定の返事が返ってくるものと思っていた美紅は、返事の代わりに大きな太歳の首が転がって来たのに驚愕した。


「太歳っ!」


 かっと目をむいた太歳の茫然とした顔を見た瞬間、全身の血が逆巻さかまいた。


 しかしその勢いを攻撃に移す前に、左側の襖を破って、雪牙丸の巨大化した鋼鉄の爪が美紅を襲う。


 それまで気配すら感じさせなかった雪牙丸の攻撃を、美紅はかわせず左腕をもがれた。


「ぐぬぅ!!」


 ——この私を……!


 焦りと屈辱感が美紅の雷撃を狂わせる。立て続けに放った雷撃は雪牙丸を捉えることなく消滅した。


 同時に美紅の身体がぐらりとゆれ、身体の芯にある何かが折れるのを感じた。我の攻撃が雪牙丸に届かぬ、その力の差に鬼姫は絶望したのだった。


 ——負ける、のか?


 血溜まりの中にべしゃりと倒れ伏し、暗澹あんたんたる心持ちで敵を見る。


 ぞっとするほど凄絶な笑みを浮かべて、雪牙丸が美紅の顔を覗き込む。


 無邪気とも言えるほど嬉しそうに微笑みを浮かべると、彼は美紅のつのに手を伸ばした。


 ——これが目的か。


 あらがう力を無くして、美紅はただ目の前の若者を見る。


 目が合った。


 雪牙丸は先程までの獣ののような戦いぶりからはまるで思いもつかないほど人間らしい表情をした。


「もうすぐ、弟妹ていまいが、生まれる」


 ——……?


 美紅はその言葉の意味を読もうとしたが、全くわからない。


 雪牙丸は噛んで言い含めるようにゆっくりと美紅に話しかけた。


「この世に、生を受ける、嬰児みどりごに、最上の贈り物を、するのだ」


 最上の贈り物——。


「最強の、鬼姫の、つのほど、相応ふさわしいものは、無かろう?」


 雪牙丸は美紅の角をむずと掴んだ。





 つづく

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