第105話 美紅の告白と鬼ヶ島の記憶


「えっ?」


 慌てて聞き返す。


 なぜか美紅みくのあの獣のように闇夜でもきらめく瞳が見えない。


「美紅?」


「……すまぬ、一志かずし。『反魂玉はんごんだま』を見て思い出してしまった。私は——」


 私は『転生卵てんせいらん』をみ込んだのだ。


 と、彼女はやけにはっきりとした口調で言い切った。





 あの島が滅ぶ戦いの時、其角きかくを残して死出の旅へとおもむいた五人。


 北辰ほくしん南冥なんめいの双子に太歳たいさい月河げつが、そして鬼姫・美紅みく


 雪牙丸せつがまるとの戦いは凄惨せいさんを極めた。


 他の四人が鬼姫を護りつつ戦うため、美紅はもどかしさに懊悩おうのうする。


「我に構うな! おのれの身を守れ!」


 そう叫んでも、皆の希望は最強の鬼姫に他ならぬ。ゆえに誰一人として彼女のめいを聞かなかったのは皮肉としか言いようがない。


 腕が飛ぶ。


 脚が飛ぶ。


 雪牙丸のいかづちと鋼鉄の爪は正確に鬼の力の源を狙ってくる。


 戦うために他の鬼のつのを埋め込んだ手や脚を狙ってくるのだ。そしてそのせいでこちらの戦力が削がれていく。


 だがこちらも防戦一方ではない。


 雪牙丸の攻撃をしのいだ後の一瞬を逃さず美紅が蒼牙そうがが放たれる。


「ぬうっ!」


 低いうめき声をもらしながら、雪牙丸は跳躍した。そのまま飛行に移る。その素早い動きは敵ながら流麗な獣の動きのようだ。


 引き離されまいと後を追う鬼達のうち、既に月河げつがの姿は無い。


「この機を逃すな!」


 逃げの態勢に入った雪牙丸を見るのはいつぶりだろう。まさに千載一遇の好機。


 ひゅうひゅうと風を切り、鎌鼬かまいたちの如く飛び去る雪牙丸は壊滅的な鬼の里を抜けて自分達の根城に向かう。


 時折、彼の身体がぶつかった木々や家屋の破片が鬼姫達にも飛んで来て彼らの頬に細かな傷を作った。


「チッ」


 木端を避けたほんの僅かな瞬きの間に、雪牙丸は姿を隠してしまう。


 どうやら、自分達の屋敷に潜り込んだようである。


「鬼姫?」


 横目で太歳たいさいが判断を仰ぐ。


「行くぞ」


 この屋敷からは人の気配がしない。おそらく空き家に隠れたのだと美紅は判断した。


のがさぬよう、気をつけよ。挟み撃ちじゃ」


 鬼達は二手に分かれる。


 美紅と太歳。


 北辰と南冥。


 美紅達は大きく開け放たれた縁側えんがわから乗り込んだ。


「うっ!?」


 途端に血の匂いが鼻をつく。広間は血の海だった。




 つづく

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