第108話 鬼ヶ島の記憶3



 自分を抱き上げた女性を見て美紅みくは再び驚愕する。


 ——この女は……!


 長い黒髪を垂らした女御にょうご姿の女は人間であった。むずかる赤子を優しく抱きしめると、頬を寄せる。


乳母めのと支度したくしてやれなんだが、もはやそれも良いのかも知れぬな」


 物腰からして貴族の女と思われた。そしてその仕草しぐさからはこの赤子の母親であるらしい。


 ——馬鹿な!


 美紅は暴れた。


 ——我は人から産まれたというのか!?


 力の限り暴れて女の手から逃れようとしたが、叶うわけもない。


「あらあら、どうしたの?」


 女にあやされるうちに、美紅の意識はまたどこかへと沈んでいった——。





 次に意識が戻った時、そこは真っ暗な空間であった。


 目の前に壁がある。


 ちょうど目の高さの所に、崩れたような穴が空いている。幼子おさなごの手が入るくらいの穴だ。


 そちら側は明るく、光が差してくる。


『外』が気になって、吸い寄せられるように美紅は穴を覗いた。


 同時に向こうからも青い瞳がこちらを覗き込んでいた。


「ぎゃっ!」


 驚いて後ずさると、今度は自分と同じくらいの子どものむちむちとした手が穴から出て来た。


 こちら側の何かを探しているように手はぐるぐると動くと、すっと引っ込む。


 美紅は恐る恐るもう一度覗いてみた。


 向こう側には変わった色の髪を持つ子どもがいた。やはり歳の頃は自分と同じくらいだ。


 その子は再び手を伸ばして今度は二人の間の壁に触れた。触れる先から壁はほろほろと崩れて行く。


 やがて美紅が通れるほどの穴が出来た。


 見れば向かいの幼子はにこにこと笑い、美紅が暗がりから出て来るのを待っているようである。


 美紅は幼子の姿ではあるが、記憶は元のままだ。ここがどこであるのかわからぬ不安不審を胸にその穴から這い出た。


 そこは真白く明るい空間である。


 目の前の子どもと自分以外には誰もいない。


 浅葱あさぎ色の髪を持つ青い瞳の子どもは、美紅が出て来たことに無邪気に喜んでいる。その頭につのがないからこの子は人間だ。


 此処がどこであるかはさておき、美紅はこの幼子の事を観察することにした。




 つづく

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