第99話 手帳の中の世界5


 父権ふけんの強い時代である。親の言う事に逆らえないのに、駆け落ちしようなどと知れようものなら——。


 一体どんな罰を受けるのか、恐怖で三人は動けなかった。それも一瞬のことであっただろう。


 逃げるか、説得するか。


 その迷いが運命を決めた。


 わざとらしい足音をたててやってきた父達は、ガラガラと障子を引き明ける。いやに上機嫌な父は優しく娘の名を呼んだ。


かなめ——」


 だがそこに愛娘と、いるはずの無い男の姿とを認めて、父親はさっと顔色を変えた。


 ——りもせずこの青二才が!


 娘に悪い虫がつかぬようにと追い出したそのそばから忍び込みおって!


 一瞬にして怒りで赤黒くなった彼は鴨居にかけてあった先祖伝来の薙刀なぎなた鷲掴わしづかみにした。


 祖母の代から飾りっぱなしのそれは、さして手入れもしていないのに外れた鞘の下から鈍い光をぎらりと放つ。


 白刃を振り上げながら、父は鬼の形相で叫んだ。


「この盗人ぬすっとめが!」





 振り下ろされた刃は孝之に向けられていた。脅しつけて追い返すだけのつもりだった。


 ただ不運が重なる。


 孝之をかばおうとした要と。


 要を庇おうとした孝之と。


 使ったこともない薙刀を振るった父親の手元が狂ったのと。


 ——全てが重なった。




 つづく

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