第98話 手帳の中の世界4


 姉はそう言ったが、佐和さわは諦めきれずこっそり家を抜け出た。榑松孝之くれまつたかゆきを探すのだ。


「きっと近くにいるわ。姉様ねえさまの婚儀は近所の話題になってるはずだから」


 佐和の勘は当たっていた。


 榑松孝之は近くの商店街の古本屋に身を寄せていたのだ。佐和から話を聞くと、孝之もまた血の気のひいた顔で身を震わせた。


 ——ああ、この人もお姉様のことを。


 しばらくして孝之は顔を上げた。しっかりとした意志の宿る瞳で、かなめに合わせて欲しいと言う。


 佐和に依存は無い。


 日が暮れる頃を見計らって、佐和は孝之を天目石あまめいしの屋敷へこっそり招き入れた。


 家人かじんの目を盗み、庭に潜ませた孝之を要の部屋に連れて入る——要の驚きは如何いかばかりか?


「な……ぜ……?」


 驚く要の手を取る孝之の様子を見て、佐和はようやくほっとした。


 ——これでお姉様は大丈夫だわ。


 逃げる為の軍資金に、自分のお小遣こづかいを差し出そうと要の部屋を出た佐和は、長い渡り廊下を歩いてこちらへ向かってくる男達を見て愕然がくぜんとした。


 父と——結婚相手の成金、沼倉ぬまくらが要の部屋へと向かって歩いてくる。


 ——いけない!


 佐和は身をひるがえして要の部屋に戻る。血相を変えて舞い戻った佐和の様子に何かを察して、要と孝之は青ざめた。


「お父様と——沼田さんが来るわ!」




 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る