第90話 美紅vs曲垣君


 止める間もなく美紅みくはすらっと更衣室の引き戸を開けた。


「ぎゃー!」


 おじさん達の悲鳴が上がる。


「す、すみませーん!」


 慌てて戸を閉め、美紅を押し戻す。

 ばかっ、美紅のばか。


「何を騒ぐ。減るものでもなし」


「この時代は違うの! みんな着替え終わったら入れてやるから待っててよ」


 そこへ私服に着替えた曲垣まがき君が出て来た。相変わらずのクールな無表情。大きめの黒のアウトドアブランドのリュックを背負い、左手にはこれまた黒のケースに入れた練習用の刀を持っている。


 彼はジロリと美紅をにらむと、


痴女ちじょ


 と言い放った。


「なっ、なんじゃと!?」


 激昂する美紅。


 珍しく前髪を逆立てて、目を吊り上げている。


「痴女とはなんだ、痴女とは!」


「今やったことをかえりみろ」


「まあまあ、曲垣君。美紅も悪気があったわけじゃなく……」


「お前も大変だな。こんなわけわからん奴の世話して」


 曲垣君に慰められた。


 ちょっと感動。


 その後ろで美紅が鼻息を荒くしてえる。


「わ、我のことを『わけのわからん奴』と言ったな!」


「言ったがどうした。お前の世話をする時間を稽古すれば、こいつはもっと居合が出来るようになる。邪魔をするな」


 ええー。

 曲垣君に『きゅん』。


 じゃなくて。


「美紅、落ち着いて。まずは鬼の遺物が気になるんだろ」


 僕は曲垣君に飛びかかろうとする美紅の前に立ちはだかって抑える。


「放せっ! 此奴こやつは我のことを——」


 と、言葉の途中で暴れていた美紅の身体から力が抜けた。


「え?」


「……」


 美紅は目を閉じて鼻をすんすんとならしている。そのまま曲垣君に近づくと顔を近づけた。


「な!?」


「美紅やめろって!」


 美紅は止めるのも聞かず、彼の持っている刀ケースに鼻を近づける。そこでようやく目を見開いた。


一志かずし! これじゃ!」


 美紅は曲垣君の刀ケースにぶら下がる根付け飾りを指差した。





 つづく

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