第72話 曲垣君と僕


 道場中の皆から拍手をもらい——曲垣まがき君だけは腕組みしたままだった——息の上がった、上気した顔で林崎先生の元へ行くと、先生はつるりと頭を撫でて驚いたように僕を褒めた。


「最初はどうかと思ったが、斬り下ろしと大血振りは良かった。急にどうしたのかと思うほどの出来だ」


 これは先が楽しみだと褒められて、僕はさらに顔を紅くする。美紅みくも立ち上がって嬉しそうに僕の頭をわしゃわしゃとかき回した。


一志かずし、なかなかの腕ではないか!」


「わっ、よせよ!」


 美紅を押し返していると、曲垣君と目が合う。久々に僕を凝視しているので、心臓がキュッとなる。


 ——怒ってる?


 ふたつき習ってこの出来かと怒っているのだろうか?


 そんなことを考えてると、曲垣君はづかづかと僕目掛けて早足で近づいて来る。それに気がついた美紅がその前に立ちはだかる。


「一志に何の用だ?」


「み、美紅! いいから下がってて」


 再び僕は美紅の前に出て曲垣君と向き合う。しかし曲垣君は邪魔しようとした美紅を睨みつけた。


 美紅も睨み返す。


 美紅と曲垣君はほぼ同じ背の高さだ。デカい二人に挟まれて、しかも二人はバチバチと火花散らしている。


 僕は火花に焼かれないように二人をなだめる。


「まあまあ、二人とも離れて離れて。美紅も落ち着いて」


 牙を剥きそうな美紅を押しやっていると、曲垣君が後ろから声をかけてきた。


「おい、お前」


「はいっ」


 振り向くと曲垣君が僕を正面から見ていた。少しだけいつもより雰囲気が柔らかい気がする。


「なんでもっと早く始めなかった?」


「え?」


 それだけ言うと、彼はくるりと背を向けた。


「なんじゃ彼奴あやつは。愛想のない」


 愛想のなさでは美紅と良い勝負だと思うんだけど。


 曲垣君はきっと彼なりに僕を褒めてくれたんじゃないだろうか。


 少し浮かれてもいいかな。


 なんか曲垣君にそう褒められたと思うと、ニヤニヤと笑いたくなる。


 そこへ美紅が水を差す。


「褒めたというより、もっと早う始めておれば良いものを馬鹿もの、という意味ではないか?」


 がくっ。


「そ、そうか……。でも少しは認めてくれたってことだよね」


 勝手にそう思うことにした。





『居合編』終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る