第66話 陰ながら努力することもある

 剣道もした事がない僕に、『中島町錬成会』のおじいさん、おじさん達は物珍しげに稽古をつけ始めてくれた。


 これはすごくありがたい事で、竹刀しないも持ったことのない高校生に基本から教えてくれるんだから本当に助かった。


 多分、足捌あしさばきなんかも剣道を習っていればもっと楽に覚えられるんだろうけど、全てが初めての僕はただひたすら木刀ぼくとうを構えることから始まったのだ。


 それからお古の稽古着けいこぎと練習用の模造刀もぞうとうを安く譲ってもらい、ようやく抜刀ばっとうの稽古が始まった。


 高校生にして居合に興味を持った僕に長く在籍して欲しいというのもあったかも知れないが、僕も真面目に通ったというのもあって、先生方には目をかけてもらっている。


 何より——。


 僕の中には、『鬼ヶ島』で刀を振るった記憶があった。身体に馴染んだように『鬼丸』を抜いたあの感覚は僕の鍛錬を支えてくれている。


 しかし、下手なものはまだ下手なので、それを美羽みうに見学されるのは嫌だった。どうせならあの時みたいにカッコよく抜刀できるくらいになったら見てほしいと思う。


 そんなセコイ考えなので、まだ美羽を錬成会の稽古に連れて行ってなかった。


一志かずしの稽古はいつも見てるよ。下手へたじゃないよ」


 美羽の一言にドキンとする。


「い、いつ? いつ見たの?」


「んー、庭で木刀を振ってたでしょう?」


 あれは隠れて素振りしていたつもりだったんだけど?


「どこから見たたんだよー。気がつかなかった」


 ちょっと恥ずかしくなりながら聞いてみると、美羽は得意げに胸を張った。


「屋根の上! いつも上から見てた!」


 ええー!? そりゃ気がつかないよ。


「だから今更下手だとか思わないから、見に行ってもいい?」


 そう言って首を傾げて僕の顔を覗き込んで来る。


 ずるい。


 そんな顔されたら、断れないじゃないか!


「……じゃあ、テストが終わったら」


「やったー、楽しみー!」


 美羽は心底楽しそうにバンザイをしてくるくる回る。


 そのぐっと来る可愛さに、僕はテストよりも素振りの練習を優先しようかと血迷った。





 つづく

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