第64話 相変わらずの僕らです

『へっくしゅ!!』


 狭い僕の部屋で盛大にくしゃみをしたのは、我が家に伝わる刀、『鬼丸おにまる』である。


 刀のくせに風邪などひくのだろうか?


「テストが近いんだから、風邪なんかうつすなよ」


 僕が机に向かったまま『鬼丸』を見ずにそう言うと、しわがれ声の悪態が飛んで来た。


『大して勉強もしとらんだろう? とやらをいじってばかりではないか』


「お前こそどこをほっつき歩いているのさ。池にでも落ちたか?」


 僕は内心ギクリとしながら、スマホゲームのアプリを落とす。『鬼丸』にまでサボっているのを見抜かれているとは思わなかった。


 そろそろ真面目に取り組まないと、赤点必至である。


 ——あれから2ヶ月が過ぎ、僕のうちにはそのまま『鬼丸』と美羽みう美紅みくが居候している。


 このうち人(?)なのは美羽と美紅だが、この二人も同一の身体に二つの人格が宿っているので実質居候は一人だけだ。


『わしのくしゃみは、誰かがわしのうわさでもしとるんじゃないかのう』


 モテる刀は辛いものよ、とかほざいて、『鬼丸』はくっくっくと低く笑う。


 僕が現代に帰って来てから、一度だけ『鬼丸』は行方不明になったが、それ以降『誰かが時間を飛ぶ』という不思議は起きていない。


 とたとたと廊下を駆けてくる足音がして、ノックの音と僕を呼ぶ声。


 美羽みうだ。


「はーい」


 返事をすると戸が開いて浅葱あさぎ色の髪を揺らしながら美羽がひょこっと顔をだす。


一志かずし、おやつだって」


「もうそんな時間?」


 思ったより時間が過ぎていた。おやつを食べたら本腰入れて勉強しなくちゃ。


『くくう。わしも食べてみたいものじゃ……』


『鬼丸』は悔しがったが、流石さすがに物を食べる事はできないらしい。僕らがいつも母さんの作るお菓子の事を話しているから、興味を持ったそうだ。


「今日はようかんですよ。甘くてねっとりと美味しいんです」


『美羽殿! 何やらわからんが美味そうじゃのう!』


 そのうち鉄製の口からよだれでも出てくるんじゃないだろうか。少し恨めしげな『鬼丸』を置いて、僕らは台所(古い家なのでキッチンと呼ぶには抵抗がある造りなのだ)に向かった。


「美羽も手伝ったの?」


「うん! 良い出来だって褒められた!」




 つづく

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