第59話 彼が支払った時空転移の代償



 僕は母さんの部屋の前に立って深呼吸する。純和風の母さんの部屋は、障子戸がぴっちり閉まっていた。


「母さん」


 外から声をかけつつ障子を開くと、少し泣き腫らした赤い目の母さんが畳の上に座っていた。


一志かずし


「母さん、僕、大体のことはわかってるよ」


 わからないのは、なぜ黙っていたか、だ。


 母さんは黒鞘の『鬼丸』を抱いたまま俯き加減に答えた。


「だって、そんなこと誰も信じないでしょ?」


 ——……そりゃそうか。


「うちの——たかむら家の血を引く者はこの刀に共鳴することがある。だから蔵にしまって、誰も触れないようにしていたのに」


 それを志乃しの姉さんが持ち出したのか。


「志乃は史学科だったでしょう? 興味があったのね」


 志乃姉さんは『鬼丸』を持ち出して、当時付き合っていた朝倉友成と一緒にいる時に抜き身の刃を見ようとしたのだろう。


 そして、時間を超えた。


「朝倉さんとは向こうでうまくいかなかったようだけど、彼だけでも戻れたのは幸いだったかもしれないわね」


「なんで!? 志乃姉さんは置き去りにされたのかもしれないだろ?」


 僕が食って掛かると、母さんはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、その場に志乃は必ずいたはずです。そうでなければこの刀は力を発揮出来ないもの」


「——あ」


「志乃はそこに残ると決めたのでしょう。でも朝倉さんをこの時代に送り返さねばならない。ただ——」


 ただ、なに?


「志乃が居なかったから、朝倉さんは何かを引き換えに時間を超えねばならなかった。多分、寿命か何か」


 ——だから彼は白髪だったのか!!


 母さんが言うように、寿命とか生命力とかを引き換えにした代償があの姿なんだろう。


「一志」


「なに?」


「あなたも蔵に入ってこの刀を使ったわね?」


 ぎくっ!


「もう、二度と使ってはいけません。例え志乃が帰って来れなくても」


「そんな! 志乃姉さんはそのままってこと?」


「大丈夫。必要なら、この刀は志乃の前に現れます。この刀は、どの時代にも存在して、どの時代にも存在しない刀なのです」




 つづく

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