第58話 君に子ども扱いされると泣きたくなる



 美羽みうにそう言われた時、僕はぎくり、として思わず美羽を見返した。彼女は僕の勉強机に座って、脚をぶらぶらとさせていた。


 その姿勢でベットの上の僕を見下ろしている。


 その綺麗な青い瞳に吸い込まれそうな気がしたが、それとはまた別に母さんの言動が頭をよぎる。


 ——何も言わずに『鬼丸』を受け取っていたこと。


 ——帰ってこないのね、あの子は。


「——母さんは、知ってるんだ」


『鬼丸』の事を知っているから、美羽や美紅みくの事も何も言わずに受け入れる。


 そうか、そういう事なんだ。


 僕はがばっと起き上がると、部屋を飛び出した。




 ——母さんは、志乃しの姉さんの失踪の原因にも気がついていた。


 ——母さんは、母さんは。


 長い廊下の角を曲がるときに、ずるっと足が滑る。そのまま僕は縁側で転んだ。


 だけど痛みとかは気にならず——ただ、怒りが増した。


「なんで黙ってたんだよ!」


 転んだまま僕は縁側の床を拳で叩いた。


 心配そうに美羽が追いかけて来て、転んだままの僕の頭を撫でる。


一志かずし、泣かないで」


「……泣いてない」


「転んだら痛いでしょ」


「……そんなに派手に転んだ?」


 僕は気恥ずかしさを隠すように軽口を叩いて起き上がる。


「ほんとだ。泣いてないね」


「ちぇっ、子ども扱いして」


 今頃になって転んだ痛さと床を叩いた痛さがやって来た。


「痛いな、ホント」





 つづく

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