第43話 白玉だんごを作る鬼姫


一志かずし母君ははぎみよ、このくらいの柔らかさで良いか?」


「そうねぇ、も少しお水を足しましょうね」


 母さんと美紅みくの楽しげな声が聞こえてくる。


 そっと台所——昔ながらの古民家にありそうな広いやつだ——を覗き込むと、襷掛たすきがけをした美紅と母さんが仲良く並んで作業していた。


 昔から大抵のことに寛容かんような母さんは、このどこから来たのかよくわからない鬼姫おにひめとも気が合った。


 ちなみに寛容というのは僕ら姉弟が小さい時に蔵から勝手に出したガラクタを長い廊下いっぱいに並べてお店ごっこをした時も、庭の桜の樹に登って枝を折ってしまった時も怒りもせずにお店ごっこに混ざったり、落ちた僕の身体を心配したことが根底にある。


 あたりまえ?


 そうじゃないうちもあるって知ったのはずっと後だったから、その時は気づかなかったさ。


 同じようなことをしても『散らかして!』と怒られたり、あまつさえ桜の樹の心配をする親だって居るって聞いた時に僕は自分の母の寛容さを知ったのだった。


一志かずし、手伝え!」


 元気いっぱいの美紅は僕に気がつくとニコニコしながら早速命じて来た。


「うん……」


「どうした? 元気がないな」


 白玉団子でご機嫌になれる美紅がうらやましい——と言ったら怒られるだろう。僕は曖昧に笑って団子の生地を手にした。




 無心で団子を丸めていると、何気なにげない二人の会話が耳に入ってくる。


 団子の大きさとか茹で時間だとか、今日はまだ暑い日が続くから蜜で食べましょうとか。


 僕は美紅が来てから母が饒舌になった気がしていたが、気のせいだけじゃないらしい。


 ——もしかして。


 もしかしたら母さんは——。


 その時、台所の暖簾のれんの影にのどか姉ちゃんの姿を目ざとく見つけた美紅が大きな声で彼女を呼んだ。


のどか殿! 其方そなたも作るが良い」


「んぎゃっ」という、僕の聞いたことのない声をあげて、姉ちゃんは水をかけられた猫みたいに逃げて行く。


 姉ちゃんを撃退する美紅に、ちょっとだけスッキリすると、僕は丸め終わった団子を眺める。


 真っ白な玉が並んでいる様はなかなかのものだ。


「久しぶりに作った」


「小学校以来ねぇ」


 少しまなじりを下げて笑う母さんに言われて初めて、僕は小学校以来何年も母さんと台所で食事を作る事が無かったと気がつく。


 嬉しそうな母さんに罪悪感を覚えつつ、後の作業は二人に任せる。後片付あとかたづけをするふりをしながら、母さんの様子を見てると、さっきのおぼろげな『もしかして』が確信に変わる。


 ——つまり母さんは、いなくなった志乃しの姉さんの代わりに、美紅を可愛がっているのだ。


 そう考えると、逃げてったのどか姉ちゃんがちょっとだけかわいそうになる。


 二番目に生まれたのどか姉ちゃんはどちらかというと気が強くて訪問販売とか、うるさい親戚とかを撃退する役割を、まだ高校生の僕やおとなしい母さんの代わりに引き受けていた。


 だから母さんが美紅を可愛がるのを見て『追い返せ』とか言うのは——まあヤキモチとかそう言ってもいいけど——仕方しかたないことなんだろう。




 つづく

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