第41話 そんな無茶な話があるかっての!



 暗い空間をぐるぐると回転しながら飛ばされる感覚がやって来る。


「うわぁああ!」


「あと少しぞ! こらえよ一志かずし!」


「きっ、其角きかくさん!」


 そう叫んだのが、最後だった。


 不意に回転が止まり、僕は宙に投げ出される。目の前に見慣れた蔵の土間が現れた。


「!!」


 空中に現れた僕は腹から土間に落ちて、あまりの痛さに息が止まる。


 それでも嗅ぎ慣れた蔵の匂いにほっとする——。


「ぐぇッ!?」


 うつ伏せに倒れた僕の背中に、ドサリと何かが降って来て、思わず口からなんとも言えない声が出た。


「イタタ……」


 僕の背中に乗ったが聞いたことのある声を出して、もぞもぞと動く。


「あー、なんじゃ此処ここは?」


 僕の背中を椅子にしてキョロキョロとあたりを見まわすソイツ。


「降りろよッ!」


「おや、一志かずしではないか」


 気づいていたくせに、はとぼけて僕の上から降りた。


 ちくしょう、クッションにしやがったな。


 僕は土埃を払いながら、立ち上がる。


 それから目の前に現れた亜麻色の髪の鬼姫を軽く睨んだ。


「怒るな、一志。我とて驚いているのだ」


「なんだってここに……? 其角さんは?」


 時空を飛ぶ能力は其角さんのものだ。てっきり彼もここへ来ているのだと思ってそう言ったのだが、美紅みくは困ったように眉をひそめた。


「それが……らぬようだな」


「んん⁈」


 ど、どういうことだ?


「わからん。気が付いたらおぬしの上に落ちていた」


「待て待て待て、美紅は其角さんと連絡取れないのか?」


 冗談じゃない。

 こんな危険人物、僕のうちに置いておけないぞ。


「知るか。そんな鬼力きりき持っとらんわ」


「えー! あっ、美羽みうは? 美羽はいるの?」


 鬼姫は傲慢そうにあごを上げるとニヤリと笑った。


其方そなたの目当てはそっちか。安心せよ。ここにおるわ」


 美紅は綺麗な人差し指で自分の胸を指した。きっと中にいるということだろう。


「なんでこんなことに? 美羽は其角さんと一緒に行くと言ってたのに」


「其方の時代も面白そうではないか」


 茫然とする僕を尻目に、蔵の中を見回しながら美紅は面白そうにつぶやく。


「ちょっと! それどころじゃないから!」


「あっ、あれはなんだ? 一志」


「それは石油ストーブ! じゃなくて、元の時代に戻らなくちゃ」


 ウロウロする美紅の袖を掴んでなんとかしなくちゃ、と口を開きかけた瞬間——。


 風鳴りのような音が頭上で聞こえた。


 ハッとして顔を上げると——。


 ガツン!


 僕の顔に落ちてきたのは黒塗りの鞘の刀——『鬼丸おにまる』だった。


「痛っ!」


『おお、元気か?』


 元気なわけあるか。


「——ってええ!」


 片手で顔面を押さえながら、『鬼丸』をつかむ。その鬼の顔を見れば、ニヤリと笑った気がした。


「お前、今までどこに!?」


『ふん、其角の処に決まっておろうが。なんと言ってもわしの核は彼奴きゃつなのだからな!』


 ——と、いう事は。


 ヒョイと美紅が覗き込んできた。


「おお、本当に刀がしゃべっておる!」


『おお、美紅殿か! やれ嬉しや』


「我を知っておるのか?」


『なんせ其角の身を分たれた存在ゆえな』


 どうやら彼の記憶や知識を持っているらしい。便利な事だ。


『ついでにひと回りして来たわい。えらく時間がかかってしもうた』


「どこを回って来たんだ?」


『わしが関わった時間じゃ。つまり鬼ヶ島へ行く前のお主のことを思い出すためにな』


 変な所で義理堅い奴だ。ちょっとだけ見直したぞ。


 そしてなんだか嬉しいや。


「仲が良いのだな、其方そなたらは」


 美紅が物珍し気にこっちを見る。


 そういうわけではないのだけれど、まあ、そういうことにしておいてもいいか。


「これで美紅も其角さんの処へ行けるね」


 僕がそういうと、『鬼丸』は首(?)を振った。


『残念じゃが、わしは都合よく好きな場所へ行けるわけではない。行かねばならぬ道理が無ければぞ』


「ちょっと待て」


 何を言ってるんだコイツ。


「お前、美紅と美羽を連れて行くために来たんじゃないのか?」


『違うわい』


 慌てる僕を見下ろして美紅は落ち着けとばかりに肩に手を乗せて来た。


「気にするな。どうせそのうち其角が迎えに来る。それに『鬼丸』が送ってくれる日が先かも知れぬ」


「……それまでどうするつもりだよ?」


「ん? 其方の客人となろうではないか」


「きゃ、客人?」


「なんだ? 寄る辺無き流浪の身を放り出すというわけではあるまいな?」


「いや、その」


「我が引っ込む時は美羽が出る。美羽など、我よりもかよわき女子おなごよの。それを、其方そなたは寒空の下放り出すというのか?」


「今、夏だし!」


 物の例えじゃ、と美紅は澄ましてそういうと蔵の重い扉に向かって歩き始めた。


「ちょっと待って! 家族になんて言えば……?」


「おお、其方そなたの家族か! 安心せよ、これでも我は一族の高位の身。美羽は貴族の出じゃ。挨拶くらい簡単じゃ」


『そうさのう。わしもついでに挨拶せねばな』


 鬼姫と刀はニコニコと笑っている。


「ちがっ、違うから! 挨拶とかじゃないから!」


 外に向かう美紅に引きずられながら、僕は助けを求めた。


「其角さーん、早く来て!」


 その叫びも虚しく、蔵の戸が開かれる。差し込む陽の光はまだ明るくて暑かった。


 美紅は『鬼丸』を手に僕を引き摺りながら外に出る。


「行くぞ、一志!」






『鬼ヶ島編』終わり

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