第39話 灼熱の衝撃と共に逝くが良い


 瞬間、昔自分のかいなに抱いた赤ん坊の笑顔が浮かぶ。彼がいつまでも可愛いとでたただ一人の妹——。その思い出は花の香りと共に、新緑の光と共に——鮮明に流れて彼の身を焼いた。


 だからこそ。


 ——だめだ、美羽みう。お前だけは死なせない。





 いかほどの力が必要であったか——?


 雪牙丸せつがまるは渾身の力を込めてその軌道を変えた。蒼き光が一瞬真っ赤に変わり、辺りを照らす。彼は大地に激突する直前に、ただ一人その心を傾けた妹を見た。


 美羽もまたほんのひと時、瞬きするよりも短い刹那に兄の視線を受け止めた。




 轟音。




 土埃と血と、そして焦げたような匂いが立ち上る。衝撃で弾き飛ばされた美羽は『一志かずし』にぶつかり、彼もまた後ろへ飛ばされた。


 離れていた其角きかくの元まで転がると、ようやくそこで立ち上がり、美羽は『一志』を押し退けて兄の元へ駆け寄る。


「兄上っ!」


 霧が晴れるように土埃がおさまる中、美羽は血と肉の塊となった雪牙丸を見つけた。


 がくりと膝をつくと、美羽はそのあり様にただただ、ぽろぽろと大きな涙の粒をこぼした。


 零れ落ちた涙は兄であった者の身体に降り掛かり、追悼の花と散る。


『自ら——逝ったか』


 どこか遠くから聞こえるような低い声音こわねは『一志』だ。黒鞘の『鬼丸』を左手にたずさえたまま、美羽の後ろから雪牙丸を送る。


 その彼に背を向けたまま、美羽は懇願した。


「どうぞ、私をその刀で斬って下さいませ」


『斬る理由がない』


「私の身体に埋め込まれたツノがそう申しております」


 か細い美羽の声に、其角が強く反論する。


「それは違う! 其方そなたがいなければ、私は既に死んでいただろう。そうすれば、雪牙丸はこの島から解き放たれ、更なる犠牲が増えていたはずだ」


「其角様……」


 長い間支え合って来た其角の言葉に、美羽はようやく振り返った。


 濡れた大きな瞳は『一志』と其角を写している。


 やがて『一志』に向き直ると、美羽はぺこりと頭を下げた。


 顔を上げれば大人びた表情のがこちらを見ていた。


 突然現れた少年。


 其角を奮い立たせ、美羽に希望をもたらした少年は——。


 きょとんとして美羽を見つめ返している。そして驚いたように声を上げた。


「あ……、あっ、僕戻ってる……?」





 つづく

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