第34話 雪牙丸5
鬼を追いやり、鬼の
雪牙丸は戦の前にふと、まだあどけない妹の顔を見る為に屋敷の奥へ足を向けた。
少し前に生まれた妹は『
「母上」
——
雪牙丸は知らず。
妹を抱いた母は非道な行いをする我が子に恐怖を抱いていたのだ。
「美羽をお貸しください」
「な、何をするつもりです?」
話の通じぬ母親に、雪牙丸は苛立ちを感じた。
今から憎き源氏の討伐に行くと言うのに、その前に妹に声をかけたい気持ちがわからぬか。
「母上」
ずい、と踏み込めば、妹を抱いた母は後ずさる。
「美羽に何をしたのです? この子は——」
うるさいな。
雪牙丸は無理矢理母の胸から、可愛らしい妹を奪った。
ふくふくと柔らかな頬に触れると、くすぐったそうに笑う。兄がふざけているのがわかるのか、今度は兄の手をつかもうと小さな餅のような手を伸ばして来る。
その手の甲に——虹色の石のような物が埋め込まれていた。
鬼の
『飛行』の
雪牙丸は既に鬼の角を埋め込まれた妹を、頼もしげに抱き上げた。
「母上はこの力を
「……力を厭うておるのではありませぬ。そなたの非道な行いを恐れているのです」
まったく、この母は話が通じぬ。
「美羽だとて強き
強き鬼の女子がいたな。美羽が生まれる前に襲って来て、屋敷の中まで
「そなたは、おかしいとは思わぬのですか?」
震える声で母が問う。
「何がです?」
「美羽は——美羽は、この前生まれたばかりだと言うのに、三月もたたぬうちに這いずり回っておる……!」
そう、美羽は驚異的な速さで成長していたのだ。
それが鬼の角を埋め込んだせいかどうかは定かではなかったが、まったく影響がないわけではないだろう。
「良いではありませぬか。それだけこちらの駒も増えるというもの」
何が悪い。
早く育てば帝との釣り合いが取れ、ご縁も期待できるだろうに。
帝の行く末を知らぬ雪牙丸は、美羽を床の上に下ろすと、母に背を向けつつ「出て参ります」と言い放った。
背後で母が泣き崩れる気配がしたが、戦前に縁起が悪いと振り返りもしなかった。
つづく
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