第34話 雪牙丸5


 いくつも、幾つもの角を集め——。


 鬼を追いやり、鬼のかばねを重ね、さて、源氏を滅ぼす備えは出来た。


 雪牙丸せつがまるが満足気に配下の兵どもを見やる。いよいよこの島を出て、京へ舞い戻るのだ。都の荒くれ者どもを片付けたら、みかどをお迎えにあがるのだ。たしか太宰府の方へ逃れられたと聞く——。


 雪牙丸は戦の前にふと、まだあどけない妹の顔を見る為に屋敷の奥へ足を向けた。


 少し前に生まれた妹は『美羽みう』と名付けられすくすくと育っている。


「母上」


 御簾みすをくぐって部屋に入ると、青ざめた顔の母がこちらに目を向けた。


 ——何故なにゆえにこの母上は、恐れおののいた目でわれを見るのか?


 雪牙丸は知らず。


 妹を抱いた母は非道な行いをする我が子に恐怖を抱いていたのだ。


「美羽をお貸しください」


「な、何をするつもりです?」


 話の通じぬ母親に、雪牙丸は苛立ちを感じた。


 今から憎き源氏の討伐に行くと言うのに、その前に妹に声をかけたい気持ちがわからぬか。


「母上」


 ずい、と踏み込めば、妹を抱いた母は後ずさる。


「美羽に何をしたのです? この子は——」


 うるさいな。


 雪牙丸は無理矢理母の胸から、可愛らしい妹を奪った。


 ふくふくと柔らかな頬に触れると、くすぐったそうに笑う。兄がふざけているのがわかるのか、今度は兄の手をつかもうと小さな餅のような手を伸ばして来る。


 その手の甲に——虹色の石のような物が埋め込まれていた。


 鬼のツノである。


『飛行』の鬼力きりきを持つ角だったか? それとも『雷撃』であったか?


 雪牙丸は既に鬼の角を埋め込まれた妹を、頼もしげに抱き上げた。


「母上はこの力をいとうのですなぁ」


「……力を厭うておるのではありませぬ。そなたの非道な行いを恐れているのです」


 まったく、この母は話が通じぬ。


「美羽だとて強き女子おなごになれば良い。坂東武者共にしいたげられることのなきように」


 強き鬼の女子がいたな。美羽が生まれる前に襲って来て、屋敷の中まで戦場いくさばになった。あれほど強き鬼はいなかった——。そういえばあの者の角を美羽に埋めたのだったな。


「そなたは、おかしいとは思わぬのですか?」


 震える声で母が問う。


「何がです?」


「美羽は——美羽は、この前生まれたばかりだと言うのに、三月もたたぬうちに這いずり回っておる……!」


 そう、美羽は驚異的な速さで成長していたのだ。


 それが鬼の角を埋め込んだせいかどうかは定かではなかったが、まったく影響がないわけではないだろう。


「良いではありませぬか。それだけこちらの駒も増えるというもの」


 何が悪い。


 早く育てば帝との釣り合いが取れ、ご縁も期待できるだろうに。


 帝の行く末を知らぬ雪牙丸は、美羽を床の上に下ろすと、母に背を向けつつ「出て参ります」と言い放った。


 背後で母が泣き崩れる気配がしたが、戦前に縁起が悪いと振り返りもしなかった。





 つづく

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