第35話 雪牙丸6



「よいか、皆の者! これより我等われら平家の一党は、都へ向けて攻め入るぞ!」


 歓声が湧き上がり、鬼の力に酔いしれた男どもが携えた武器を天に向かって振りかざす。その者達の手の甲には、様々な紋様に並べられた鬼のツノが埋められている。


 そしてその半数が、『飛行』の鬼力きりきを持つのであった。


 少ないながらも徒党を組んだ男達が血気にはやって進み出す。半数は空から、もう半数は舟で行かんと海原へ漕ぎ出した。


 蒼き空、蒼き海——。


 鬼の力を得た一団は進む進む、憎き敵のいる都目指して……。



「?」


 先陣を切って進む雪牙丸せつがまるの目に、島影が映る。


 ——何故なぜ、島が見える?


 近づくにつれて見慣れた浜が見える、森が見える、屋敷が——。


「雪牙丸殿、なんじゃあれは? 元いた島じゃないかの?」


 追従して飛んでいた側近の男が問うてきた。雪牙丸も頷く。


 ——真っ直ぐに飛んでいたはずだ。眼下の船団も真っ直ぐに進んでいた。


何処どこかでれたのかも知れぬ。今度は陽の光を目印に行くぞ」


 船団に方向転換を促し、今度は太陽の位置を確かめる。陽の光が左手側の背中から差してくる。


 島に戻るなら半ば太陽に向かう形になる。方向を間違えたなら気がつくはずだ。


「行くぞ」


 少し気勢が削がれた感は否めないが、それでも一団は進み出した。


 今度こそ鬼の力を存分に振るって、源氏の者どもを震え上がらせるのだ。恐怖に満ちたその顔を思い描くだけで、愉悦に満たされる。


 その愉しげな表情が曇るのに時間はかからなかった。


「……!?」


 彼らは再び『島』へ戻ったのだ。


 確かに陽の光を背に受けて進んでいたはずなのに!






 つづく

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