第31話 雪牙丸2

 あと一月ひとつきもすれば弟か妹が生まれるという頃、雪牙丸せつがまるは一人の鬼の娘と仲を深めた。


 他意の事だ。


 鬼の力を手に入れたい雪牙丸は彼等かれらの力についてもっと知りたいと願い、一人の鬼の少女に狙いを定めた。


 慎ましやかな鬼の少女は、瑠璃るりという名であった。名前の通り、宝石の様な二つツノを持ち、それは時折陽の光を浴びて碧く煌めいた。


 その煌めきよりさらに輝いたのは、彼女の瞳である。雪牙丸への恋心がそうしていたのは皮肉としか言いようがない。


 みやびで凛々しい顔立ちの都人みやこびとの雪牙丸に、瑠璃はすっかり惚れ込んでしまったのだ。もちろん雪牙丸の狙い澄ました演技の賜物たまものでもある。


 雪牙丸に夢中になった瑠璃はこの腹に一物いちもつ抱えた少年に、うっかりと鬼の角の話をしてしまった。


 鬼同士で有れば誰もが知っている話である。


 そして鬼同士で有れば、誰もそんな事をしようと思いつかない話——。




『鬼の角を身体に埋め込めばその力が使える』




真実まことか? 瑠璃殿」


 内心の興奮を抑えつつ、雪牙丸は鬼の少女に確認した。


「そう伝えられておりますが、見た事はありませぬ」


 瑠璃が語るところによると、物理的な事故で角を折った者や能力に恵まれぬ者に対して角を与える行為があったと言われているらしい。


「何にせよ、他人の力を与えられるなど、奇妙な気がいたします」


 瑠璃はころころと笑った。口元を覆って笑うその姿は、都人の真似にすぎない。おおかた雪牙丸の母や親類の姫、側付きの侍女達の仕草しぐさを見よう見まねで模倣もほうしているのだろう。


 いつもならその仕草一つにも貴人の猿真似していると苛立つ雪牙丸であるが、今は違った。


 ——鬼の力を他人に移す方法がある。


 その事が心を占め、無邪気に抱きついて来た少女を抱き止めながら、彼女の青い宝石の様な角を、雪牙丸は暗い眼で見つめていた。





 つづく

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