第28話 一志の中の一志


 十文字に切り裂く光が雪牙丸せつがまるを襲う。宿敵やつはぴたりと笑うのをやめ、魔物の眼をこちらへと向ける。


 その隙を逃さず、襟首を掴まれたままの其角きかくが渾身の力を振り絞って——跳んだ。瞬間移動だ。


 もはや遠くまでは跳べない。ただ一志かずし美紅みくの攻撃の手を緩めぬ為に跳ぶ。


 わずか身体一つ分だけ移動して、脚の無い其角は大地に転がった。身体の痛みをおして首を上げると、今まさに二人の刃が雪牙丸を切り裂こうとする刹那せつなであった。


 悲願成就——。


 其角の脳裏に倒れていった仲間たちの顔が浮かぶ。幼い子ども達も、友も、家族も。


の刀は奴の腹を裂き、鬼姫・美紅の爪はその憎き頭を三ツ割にする——はずであった。


 いかにしてよけたのか、雪牙丸は身体をぐねらせると、空を仰いだ姿勢のまま二つの凶刃をかわした。それでいてなお、笑い続けていた。


 よけられた方はわずかに目を見開くと再び攻撃を打ち込まんとたいを直す。美紅もまた軽やかに大地に降り立つとすぐさま跳躍する。


 そのわずかな間に、雪牙丸は自分がつかんでいたはずの其角の身体がない事に気が付いた。「おや?」という人間らしい表情を浮かべたかと思うと、すぐに地にした其角を見つける。


 ニタリ、と笑みを浮かべると彼は闇色の影を引きずりながらそちらへと歩き始める。


 その頭上から——。


 美紅が垂直に落ちて来る。そのしなやかな脚に鉄血の意思を込めて。


 ガッ。


「何ッ!」


 落ちて来る美紅に目もやらずに、雪牙丸は片手で彼女の足首を軽々と掴んだ。


「……離せッ!」


 ぎりぎりと締め付けられる脚を引き抜こうと美紅は飛ぼうとするが、細い見た目には似つかわしく無い程の剛力で捕まえられ、逃げる事も叶わない。そのまま雪牙丸は棍棒でも振り下ろす如く美紅を地面に叩きつけようと腕を振った。


 ——ッ!


 美紅が地面との衝突を覚悟して身を固くしたその時、銀色の光が走った。


 美紅を掴んでいた雪牙丸の右腕はその半ばから切り落とされ、赤黒い血が飛び散る。さしもの彼も苦痛に顔を歪めて、膝をついた。


「ギャアアッ!」


 雪牙丸の悲鳴と同時に投げ出された美紅は、自分の身体を誰かが受け止めている事を知る。


「一志⁈」


『……無事か?』


 それは一志でありながら一志ではないであった。どうやら美紅の知っている一志は意識を消し、再び例のが表に出てきているらしい。


「一志……ではないな?」


 美紅はかいなからするりと降りると、片足に張り付いたままの雪牙丸の手を引き剥がしながら問う。


『……』


 しかしは無言のまま、其角の身体を拾いに向かった。其角もまた、一志ではないを感じ取る。半身しかない其角の身体をすくい上げるその腕が、どこか違うのだ。


 華奢きゃしゃな少年の一志の身体のはずなのに、彼の身体に巻き付いた腕からは歴戦の強者の匂いがする。


 其角はその変貌に少しだけ恐ろしさを感じた。




 つづく

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