第26話 勝利は誰が為に


 勝鬨かちどきだ。


『俺』は雪牙丸せつがまるを圧倒していた。


 僕の身体に何が宿ったのかはわからないが、勝利は間違いない。


 息を荒げてこちらを睨んでくる雪牙丸も、今や飛びかかってくる気配すら見せない。


一志かずし!」


 美紅みくが喜びに顔をぱあっと明るくしながら、僕のそばに駆け寄って来た。


其方そなた、そのような腕前であったとは……何故なぜ黙っていた?」


 ——いや、僕じゃないんだけど。


『美紅……』


 僕の口からすらっと鬼姫の名前が出て来た。という事は『俺』は彼女の事を知ってる?


「一志?」


『俺』は構えていた刀を納めると、左手に持ち、空いた右手を伸ばして美紅の頬に添えた——ってええ? 何してんの⁈


『美紅、会いたかった……』


 美紅は心底きょとんとした表情で「か、一志?」と狼狽うろたえる。いや、僕じゃないから!


 しかもこれじゃまるで恋人とイチャつく男みたいじゃないか!


 僕が身体の主導権を取り戻そうと暴れると、不意に視界が開けて目の前に美紅の顔がはっきりと見えた。


「うわっ!」


 驚いて手を離すと、それを不躾ぶしつけな態度と思ったのか、美紅がぷいとそっぽを向いた。


「ちがっ、違うんだ。僕じゃない!」


 目だけでじろっとこっちを睨むと、美紅は再び目線を別方向に向ける。そっちには雪牙丸がいた。


 それを合図にしたように、彼は「ぐるるる」と喉を鳴らすと、獣じみた動きで僕らの周りをウロウロとまわり始める。四つ足で大地を蹴る仕草しぐさは狼に似ていた。


「まだ、諦めておらぬな」


 美紅が身構える。


 ——突然、雪牙丸がぴたりと足を停めた。


 はっとして顔を上げると、僕らと雪牙丸の延長線上に——。


其角きかくさ……」


 危うく叫びそうになった僕の口を美紅がふさぐ。だけどそれは遅かった。


 奴はニヤリと口の端を曲げた。


 既に気がついていたんだ。


 そこに其角さんがいるって事を!




 つづく

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