第21話 生命の危機ってやつですか?

 爆風とそれに巻き上げられた木の葉や土埃が一度に押し寄せて来る。腕で顔を覆いながら空を見ると、紅いミニスカ着物の美羽みうと青い袴と着物を身に付けた雪牙丸せつがまるとが空中でぶつかり合っていた。


兄上あにうえめて!!」


 美羽が叫びながら雷撃を繰り出す。青い光が雪牙丸に向かって放たれるが、彼はける事なく片手で弾き返す。


 そのまま美羽を無視して、ギロリとこちらを見下ろした。


 瞬間、彼の青い瞳を間近に感じた。縦長の蛇のような瞳孔の奥底から冷たい、しかし激しい怒りと、それとは真逆の込み上げる歓喜の声とが僕を貫いた。


 彼が見ているのは、僕に支えられた其角きかくさんだ。


 この閉じられた島から外界へ出る為の手がかりを見つけて、目の前の美羽を無視しながら雪牙丸は哄笑した。


 ——逃げなきゃ。


 こういう悪役は笑い終えたらダッシュで襲ってくると決まってる。


 僕が彼から目を離さないように其角さんを抱えながら後退あとずさりすると同時に、空から響く邪悪な笑い声がピタリと止まる。


 ドン!


 空気を蹴って、青い塊が飛んで来る。目の前に落ちて来る彼の姿を見た時、僕は隕石に衝突するのってこんな感じだろうかと頭の片隅で考えた。




「気を抜くな馬鹿者!」


 青い隕石と僕らの間に割って入ったのは鬼姫・美紅みくだった。怒号と共に片手で僕らを押して離れさせ、鋭い爪で雪牙丸に斬撃を喰らわせる。


「うわっ!」

「一志!」


 其角さんは下半身が無いので残る片腕で僕にしがみついた。僕も『鬼丸』を持っていない方の手で其角さんを抱えるようにして転倒をこらえる。


「逃げよ!」


 美紅の声に押されるように僕は山頂を駆け降りた。後ろから爆音と青い稲光が更に僕の背を押す。


「わああーッ!」


 足がもつれて僕は其角さんを抱えたまま前のめりに吹っ飛んだ。


 ——ヤバい、落ちる!


 急な山肌を駆け降りるどころか宙に舞う形で落ちていく。樹々や岩を掠めて落下する僕らは真っ直ぐに剥き出しの大岩目掛けて飛んでいた。


 ——なんだってこんなところに岩が!?


 痛みとか衝撃とかに備えて反射的に目をつむる。せめて其角さんをこれ以上傷つけないようにと抱え込んだ。


 ところが突然僕の身体がフッと移動した——らしい。なんとも言えない浮遊感に目を開くと、ぶつかりそうだった岩の横の柔らかな地面にころんと転がっていた。


「?」


「私が移動させた。大丈夫か?」


 其角さんが空間移動で地面の少し上に移動させたらしい。


「良かった……」


「もう一度飛ぶぞ。一志、私を背に乗せろ」


 僕は言われるままに其角さんを背負うと、彼は腕を回して片腕でしがみつく。


「行くぞ!」


 瞬間、僕らは数百メートルも先の大地に移動していた。


 そして今までいた所を振り返れば、その場所に雪牙丸が拳を叩きつけていた。


 それはまさしく僕らがいた場所で、少しでも『移動』が遅れていたら僕らは——少なくとも僕はぐちゃぐちゃに潰されていたに違いない。


余所見よそみをするな! 前を見よ!」


 慌てて僕が前方を見ると、その瞬間に身体がぐんっと引っ張られるように揺れて、瞬きする間にまた移動する。


 背後から轟音が聞こえてきて、再び雪牙丸が、僕らのいた場所へ攻撃して来ているのがわかった。全身からブワッと汗が噴き出る。怖くて膝から力が抜けそうになるが、背中にいる其角さんが再び『能力』を振るった。


 今度は少し斜めに飛び、全体としてジグザグの軌道を取る。少し遅れてドカンドカンと爆音が追いかけてくる。


「ひっ!」


 距離が——其角さんが『飛ぶ』距離が短くなって来ている。連続で使うには消耗する『能力』なのだろう。でもこれじゃ……。


 フッと影が差す。


 ぞわりと鳥肌が立つ。


 真上に、アイツが、いる。


 脳天に奴の拳が近づく。


 見えてるわけじゃない。


 ただ、もう間違いなく僕の命が危険であるというのが、瞬きするより早く理解できた。


 ——死……。





 つづく

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