第19話 ちょっと期待してもいいじゃない

何故なぜかはわからぬが、その刀には私のツノが納められている。それを使う」


 えっと、それって大丈夫なのか?


鬼丸おにまる』はあれ以来一言も喋らず、本当の刀みたいだ。この刀に其角きかくさんの角が入っていて、その力で時空を跳んだというなら——。


『鬼丸』から角を取り出したら、僕は元の世界に帰れないんじゃないか?


「ちょっと、ちょっとだけ待って! 『鬼丸』と話がしたいんだけど」


「オニマル……ああ、その刀か」


 僕は二人を待たせて『鬼丸』に話しかけた。


「起きてよ! 『鬼丸』!」


 僕は焦って散々刀を揺すったが、刀はうんともすんとも言わなかった。


 どうしよう……。


 どう考えても、鎌倉時代で生き抜く自信がない。なんとしても元の時代に戻らなくちゃ。


一志かずし?」


「あう……」


 僕は僕で僕の時代に帰りたいと訴えた。そのためには僕もこの力が必要なんだ。


 ところが意外にも其角さんは微笑んだ。


「では、こうしよう。私が刀の中にある角を利用して結界を張る」


「うん」


「君の事は私が送って行こう」


 なるほど。

 そうすればとにかく僕は家に帰れるわけだ。


「結界の角は見つからない様に地中深くに埋める。良いか?」


 其角は美羽みうにそう教えた。思えばこの二人も不思議な関係だ。鬼を滅ぼした人間ヤツの妹と唯一残る鬼。それなのに協力し合っている。


 もしかしたら——。


 僕は美羽の瞳に其角への憧れみたいなものを読み取って、少しがっかりした。


 そりゃあ、僕と美羽は今日会ったばっかりだし、彼との絆に割り込めないとは思うけど。


 まあ、ちょっと見た目が可愛い子に心惹かれてもいいだろう。ただその子には想う人がいそうって事だ。


 がっかりした自分の気持ちを分析すると、そんなところだろう。


 僕はそんなうわついた事を考えている場合ではないと、気を取り直して『鬼丸』を其角さんに渡そうとした。


 しかし彼は首を振って、僕につかを見せるように言った。


 ——バカだな僕は。


 彼は片腕が無いのだ。其角さんは鬼の力を片手に込めて使うらしいから、刀を持ったら力が使えない。


 僕はそこに考えが至らなかったことを恥じた。


 言われるままに柄を其角さんに向ける。其角さんの手に淡い光が宿り、小さな掛け声と共にフッと何かが空間移動で取り出される。


 まるでこうやって中にある角を出し入れすることが当たり前のように軽やかに——。




『鬼丸』の柄からは綺麗な紫色の布袋が出て来た。小さく畳まれたそれは僕の手で広げられ、僕はその中身を美羽の手のひらにころりと落とす。カチリ、と硬質な音を立てて虹色の光彩を放つ銀色とも乳白色ともいえない綺麗な宝石が出てきた。


 いや、石ではなくツノだ。目の前の其角さんの角と同じ。


 僕がその二個の角を其角さんの片手の手のひらにのせる。其角さんの目が軽く見開かれ、驚きとも喜びともつかない不思議な表情を見せた。


「不思議だ……まさしく私の角。どんな奇縁によってここへ辿り着いたのだろうな」


 そう呟く口元が少し微笑む。そして今までより力強く言葉を吐いた。


「さあ、反撃だ」




 つづく

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