第17話 其角さんの回想 4

 美紅みくの言葉に四人が頷き返し、「我も」「我もじゃ!」と気勢きせいをあげた。其角きかくだけがただ一人、玉砕するためだけに立ち向かうような空気を嫌い、黙り込む。


 しかしその沈黙は美紅には通じたようだ。美紅は其角の背を「バン!」と強く叩くと「案ずるな」と笑った。


 今度はかげりのない笑顔だ。


雪牙丸せつがまるのみを狙う。この五人で戦えば勝てる。そうなれば総崩れじゃ。あとは我々の復興を考えれば良い」


 美紅の言葉に北辰ほくしん達は笑った。更に誰かが軽口を叩く。


「この中の誰が美紅殿をめとるかのう」


「雪牙丸の首級くびを上げた者じゃろ」


「待て待て、勝手に決めるな」


 一際ひときわ大きな笑い声が生まれた。炎と煙と血の血の匂いに覆われた戦場に、刹那に広がる笑い声はひたすらに物悲しかった。


 『人』の軍勢がときの声をあげ、五人は其角に背を向けてそちらに歩き出す。


 美紅だけが彼の方を振り返り、口を開いた。


「結界を張り続けよ、其角。奴等やつらを外界に出してはならぬ」


「……ええ、わかりました」


 ——御約束しましょう。その代わり、貴女あなたも必ずお戻りくだされ。もしもの時は、今お渡ししたそれを使うのですぞ……。


 美紅は其角から渡された小さな御守り袋を見せびらかすように細い指にかけてくるくると回すと、キュッと握りしめて高々とそれをかかげ、其角に背を向けて去っていった。




 鬼姫は、戻らなかった。


 他の誰も——。




 其角は己の能力を使って姿を隠し、戦場に忍び込んだ。空間を歪めて身を隠すのだ。凄惨な戦いの跡地で、其角は北辰、南冥なんめいのバラバラになった上にどの腕がどちらの物か判別がつかない有様に血涙を流し、太歳たいさい月河げつがツノを折られた首を見つけて慟哭どうこくした。


 しかし——。


 どこに隠されたのか、美紅の亡骸は見つからなかった。それこそ鬼姫の身体を汚されまいと血眼になって島中の戦場を駆け巡ったのだが、彼女の遺体は行方が知れなかった。


 ただ、彼女の死は確実である。


 なぜなら、鬼姫が雪牙丸せつがまるに挑んだ日に生まれた嬰児に彼女の角が埋め込まれていたからだ。


 その赤ん坊の名は、美羽みう


 それから幾年かが過ぎ、同じ年月だけ逃げ続けた其角は美羽と出会う。美羽は他の人間と違って、鬼を——其角を襲わなかった。


 そしてあろうことか、其角に向かってこう言った。


「私の、鬼姫がおります」




 そこからは美羽と連携した鬼ごっこだった。とにかく人の手から逃げる、逃げる、逃げる。そのうちに人間達はお互いに争い始めた。


何故なにゆえに?」


「其角様が結界を張り続けているから。其角様の結界は、私達には破れない」


 人間達はこの島に閉じ込められたままであった。抜け出すには結界を作る其角を倒すかその力を奪う事。それが叶わない為、人々はその苛立ちをお互いにぶつけ始めていた。


「……ついに争う人同士が角を奪い始めました」


 美羽の言葉に其角は目をいた。


「しかし……角を取り出したからといっても死ぬわけではないだろう?」


 其角の質問に、美羽は悲しげに首を振った。


「殺して、奪ってる」





 つづく

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