第16話 其角さんの回想 3


「待って待って!」


 其角きかくさんの話を聞いていた僕は知った名前が出て来たので思わず話しを止めてしまった。そして美羽を振り返る。


「今の話に出て来た『美紅みく』って、あの『美紅』?」


 美羽みうは黙って頷いた。其角さんも話を補足する。


「何故に『美紅殿』が彼女の中にいるかはわからない。それにこの話は美羽が生まれる直前の出来事だ。そして、『美紅殿』は私には会いたがらない。故に私が『今の美紅殿』に会ったのは数回しかない」


 と、すると——。


 見たところ美羽は僕と同じ年頃だから、十七歳くらいだろうか。今から約十七年前の話ということか。


 美羽は少し気まずそうに、


「私は鬼が全滅——いえ、其角様だけになった後に生まれたの。そう聞いている」


 と話した。


 僕は美羽にうなずき返すと、其角さんに話の続きを促した。






 戦場に飛び込んで来た美紅は、あっという間に襲って来た武者を爪で切り裂くと、今にも倒れそうな其角を支えて夕景の中を走り出した。


 あちこちの樹々が、屋敷が黒い影となって目に映る。


「しっかりせよ、其方がおらねば結界が消える」


「美紅殿……」


 その言葉に其角も残る力を振り絞り、自ら足を動かす。


「こちらの手勢は……?」


「……少ない。だが任せよ。鬼姫と呼ばれた我が全て蹴散らしてくれようぞ!」


 微笑む美紅をみて、其角は強がりだと思った。明らかに味方は少ないし、我等には人の持つあの『狂気』がない。何故だろう。諦めているのか。目の前で少女を殺されて憤怒の心を抱いても、やり返すだけの力が自分には無かった。


 其角の落胆を感じたのか、鬼姫・美紅が励ますように言葉をつなぐ。


「其角、鬼の能力には戦いに向かぬものもある。それにお主は結界を張り続けているのだ」


「総角が……結界を解くように言っていた……あの時にそうしていれば、こんなにまで追い詰められはしなかった……」


「……いや、結界を解いても無駄だっただろう。奴等は『鬼力きりき』を求めて襲って来るのだ。最後の一本まで角を落とす事を求めている」


 そこまで話した時、前方に鬼の総領だった嘉鬼よしきの屋敷が見えて来た。今は鬼達の本拠地となっていたその屋敷の前に、四人の青年達が血濡れになりながら二人を待っていた。


 北辰ほくしん南冥なんめいの双子に太歳たいさい月河げつがの四人だ。鬼の中でも特に強者とされる四人だけが残ったらしい、血濡れの姿も返り血を浴びたものらしく、誰一人傷を負ってはいなかった。


 それに比べて自分は——。


 其角は美紅に支えられていた手を自ら離した。足手まといになるわけにはいかない。せめて自分の足で立たねばと五人の前で奮い立った。


「無理をするな其角」


 美紅の言葉に其角は首を振る。


「私の事は捨て置け、美紅殿。奴等の総領を討てば、あとは雑魚ばかりだろう」


雪牙丸せつがまるか」


 北辰が憎々しげにうめいた。


「あの若僧が、全ての元凶じゃな」


 南冥も同意する。


『元凶』という言葉に美紅が目を伏せた気がして、其角はそっと彼女の様子を伺った。美紅は少しの間だけ瞑目めいもくすると、かっと目を見開いた。


「我が、やる」





 つづく

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