第15話 其角さんの回想 2

 其角きかくは眉を跳ね上げた。


「馬鹿な! あの化け物どもを外界に出せというのか!」


 島の結界を解いて落人おちうど達を受け入れ、そして今は結界を張って奴らをこの島に閉じ込めている——。総角そうかくはいっそ結界を解いて、彼らを島から出ていくままにしようと考えたのだ。


「人の世に出してはならぬ者どもだ。それを生み出した我等われらにはその責任がある」


「しかし! その為に我等が滅んでも良いというのか!? 奴等やつらを外に出し、結界を閉じればよかろう?」


「そして人の世を混沌に陥れるというのか」


 そのような事が許されるわけがない。頑として譲らぬ其角に、総角は懇願した。


「結界を自在に操れるのは其角殿だけだ。そなたの角がもしも奪われたら……。頼む、結界を解いてくれ」


 其角の能力は『飛行』の他に『時空』である。その力を使って、この島の空間を閉じ、人の目から見えぬように、またたどり着けぬようにしているのだ。それを他の者は『結界』と呼んでいた。そしてその能力は其角だけが持つものであった。


 其角もまた険しい表情になる。少し考えたのち、彼は頷いた。


「わかった。近いうちにこの島を捨てよう」




 しかしその考えは遅すぎた。


 その日の夕暮れ、血のような赤い夕暮れの中、狂気の人の群れが鬼の屋敷を襲撃したのだ。


 阿鼻叫喚の中、何もかもが真っ赤に染まり、女子供も容赦なく八つ裂きにされてゆく。かつて人だった者達はその身の丈に合わぬ強大な力に酔って勝ち誇っていた。


 その中で其角は昼間に会った碧子みどりこの首が刎ねられるのを見た。豪奢ごうしゃな手毬のようにきらめいて、それは彼の目の前にぼたりと落ちた。


「——!」


 怒りと後悔が渦巻く。なのに傷ついた身体は動かない。獣じみた笑いを浮かべた武者が碧子を斬った刀を振り上げ、其角が『自分も切られるのだ、いたいけな幼子の後を追うのだ』と覚悟したその時——。


「諦めるでない!」


 亜麻色の長い髪をなびかせ、緋色の着物を着た女の鬼が二人の間に割って入った。


 長い硬質の光る爪が、がっきと狂い武者の刃を受け止める。


殿……!」





 つづく

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